第22話 ダンジョン 1-11

第四階層に到着する。

そこは今までの迷路のような構造ではなく、広大な森が広がっていた。

何故森が⁉︎何故こんなに明るいのだ⁉︎等といちいち驚く事なく、躊躇うことなく森の中を進む。

もちろん今まで以上に索敵を行う。

今までは迷路のような場所で位置情報を誤れば生きて帰るのは難しい場所だったが、マッピングを自動で行えるゼロにはなんら脅威にはならず、むしろ場が整えられていたので索敵し易く、戦いやすかった。

しかしこの様な遮蔽物が多い場所だと、索敵が行えたとしても戦い辛い。

それに今はメネアもいる。

以前倒したスケルトンの様な、魔法を使う様なモンスターが出現した場合——メネアを守りながら、かつこの世界に存在しない装備を見られないようにするという二つの理由により——対処し辛い。

地面は今まで通り石畳のようだが、石畳の隙間からは雑草のような植物が生え、木々が、まるで土を掻き分けて芽を出すように石畳を突き破っている。

その木々の根が石畳から一部分を覗かせており、木々が密集している森の奥へ行くほど、その木々の支えとなっている石畳が砕かれているため歩きにくい。

その、石畳が砕かれているため支えにくくなったのか、はたまたそういう植物なのかはわからないが、森の奥ほど木々が上方で絡み合っており、自然の天井を作り出している。

初めはのうちは、絡み合った枝の隙間から差す光が、地面に生えた小さい植物——恐らくコケ類——を優しく照らしておりとても可愛らしく、また美しい景色で心安らぐなかなかいい場所だなと思えていた。だが奥に進むにつれ絡み合う枝の隙間がどんどん狭くなり、それに伴って次第に入ってくる光の量も減り、今では"慣れれば見えないこともない"程度の明るさしかない。

荒れている地面の事もありメネアには歩き辛いだろう。

だがそれはゼロにとってもある程度は同じ事で、まだ見ぬ未知の植物がある場所ではあるが、鬱陶しいので焼き払ってしまおうか?と考えたほどである。

だがそんなことを考えていても結果何もせずにただ黙々と歩き続けるのだった......。

メネアがいなければやっていたかもしれない事は今は考えない。


•••••


森の中を歩き始めて15分経つくらいの時間、レーダーに反応があった。

ゼロが立ち止まり、メネアが近づいてくるのを待つ。

ゼロはメネアに、近くにある茂みに隠れていろと短く伝え、メネアがちゃんと隠れるのを確認すると対象のいる方向へ静かに近づき始める。

地面には草花が生い茂っているので、音がしないよう慎重に進む。

第四階層のファーストコンタクトはゴブリンだった。

しかし見つけたのは、今までのような前衛——刃物や鈍器、例えば剣や斧などを持った——ゴブリンや、後衛——弓を持った——ゴブリンではないようで、まず体躯から様々なゴブリンがいる事を見て取れた。

角の生えた大きな個体——身長が180cm程——はその存在感が半端ない。この世界の人間達からしても大きい部類だろうが、周りにゴブリン達——身長が130cm程——がいる事が更にその存在の異様さを助長している。

それとは逆に小さいと言える兜を被ったゴブリン——100cm程——も居るようで、周りのゴブリン——大きい個体も含む——に何やら指示?を出しているようだ。

その指示に周りのゴブリン達が従っているのかはわからないが、行動し始めた。

ゴブリン達が周囲に散開し始める。

その一般的(なのかは知らないが)な大きさのゴブリン達も今までのゴブリンとは装備が違う。

胴体だけの鎧にラウンドシールドや鉄製の剣と、装備が統一されている。

小さい個体は近くに大きな個体を残して(護衛役か?)、その場にとどまっている。

......まずいな、一気に全て叩こうと思ったのだが......。

いやむしろこの場合は都合がいいのか?

此処は遮蔽物のある横に広がる空間であり、まだその広さはわからない。

この場合は分散させて各個撃破した方がいいか。

ゆっくりゴブリン達が居る場所を迂回する様に移動し、ゴブリン達に関してメネアと対称となる場所まで移動した。

メネアがいるため、ゴブリン達を上手く別の方向へ誘導する必要性がある。

そのために、はっ!

隠れていた木の陰から出て、散開し近づいてきた2匹のゴブリンを奇襲する。

とは言っても2匹共は殺さない。

持っていた武器を奪い、もう1匹のゴブリンへ投げ飛ばし絶命させると、暴れるゴブリンの首根っこを掴んで他のゴブリン達から距離をとっていく。

掴まれたゴブリンが悲鳴をあげる。

喚き散らすゴブリンの声を聞いたのか他のゴブリン達が此方へ向かってくるのが感知できた。

どうやら2匹で1チームだったのか、固まって向かってきている。

......まぁ2匹ならまだマシか。

向かってくるゴブリン達はこの事態に、一度最初いた場所に戻ることなく此方へ向かってきている。

小さい個体と大きい個体はまだ動いていない様だ。

これが小さい個体の本意ではないならば、もしかしたらこの状況に慌てているかもしれない。

ゼロは、もう用済みだ、とまだ首を掴まれ暴れているゴブリンを締め殺す。

ゴキッという音が鳴り一瞬で静かになった物体ゴブリンを邪魔にならない様に脇に放り投げる。

そして此方に向かってきている一番近い2匹のゴブリンに狙いを定めると、その場から目標へ向けて一気に加速する。

その反動によりゼロが立っていた場所に突風が起こり、周囲の草花を一瞬だけ激しく踊らせる。

加速——超低空飛行とも呼べる——したゼロは、障害となる木々を易々と避けながら目標へ近づく。

生い茂る草花の中を加速するその様子は、まるで森の中を泳いでいる魚の様だ。

目標を視認。ゼロがマゴリアを構える。

ゴブリン達は近づいてくる何かゼロが自分達目掛けて接近しつつあり、またその何かゼロが槍を構えているのを見ると、その場で止まり自分達のラウンドシールドと得物を構える。

ゼロはそんなの御構い無しと、遠心力を乗せるため身体を捻る。

ゴブリン達がゼロの攻撃範囲内に入る。

そして——

バキッ!バコッザシュグチャ!

一瞬のうちに起きた様々な音が混ざり合う。

正面の1匹をラウンドシールドごと斜めに切り裂く。

最初に切り裂いたラウンドシールドで少し勢いが落ちたためか、その勢いにより切り裂かれたゴブリンが吹っ飛ぶ。

ゼロはその場で止まり、まだ動けていないもう1匹のゴブリンの喉元をマゴリアで貫く。

直ぐにマゴリアを引き抜き、次のエリアへ向かうためまた加速する。

喉元を貫かれたゴブリンは声を出して仲間を呼ぶことも出来ず、今も尚血液が溢れ出てくる喉元を必死に抑え、直ぐに来るであろう死に恐怖を感じ、茂みの中でブルブルと震えていた。

その時もゼロは、森を縫う様に移動しゴブリン達に死を振り撒いていた。

ある者は首を、ある者は胴を切り裂かれ倒れていく。

そしてゼロは、散開したゴブリン全てを倒し終えたのを確認する。

全て倒し終えるまでかかった時間は約7分。

そして最後の獲物を狩るためにその場所へと向かう。


•••••


時間は少し遡る。

自分の指示により周囲の警戒に当たらせた部下ゴブリンの1から悲鳴が上がり、それにより散開中だった部下達が勝手に行動してしまったことに焦燥を感じていたゴリムは、ここに居るよりは部下達の後を追った方が安全だろうと考え、側近のガブンと共に移動し始めた。

ゴリムは"ホブゴブリン"と言われるゴブリン種のモンスターであり、通常のゴブリンより体格で劣っているが、一方頭脳の方では秀でているためゴブリンを率いることが出来る個体である。

ゴリムはその頭脳をフル活用して自分の部下ゴブリンに戦闘方法を教えていた。

この頃人間達に接触する事が以前より少なくなってきていたので、これを機に後衛のゴブリンを集めて戦力の増強を図ろうとしていた。

そしてガブンは"オーガ"である。オーガとはゴブリン種ではないが、よくゴブリン種と行動を共にする傾向があることから親近種として扱われているモンスターだ。

見た目からわかる様にその身体は筋肉の塊とも言え、内包するその力を示し誇示するかの様に、ガブンのその背には巨大なロングソードが背負われている。

そのロングソードが振るわれれば、人間など肉の盾にもならないだろう。

それは"斬る"というよりは"叩き割る"と表現する方のが的確かもしれない。

高い知能に高い戦闘力、そしてそれらを取り巻くゴブリン達のこのパーティーは、最近冒険者達の間では"沢山のパーティーが壊滅させられている"という噂が広まっており、当たりたくない相手として注目を集めていた。

そんなパーティーの頭であるゴリムを肩に乗せ、ガブンが森の中を進んでいく。


「マッタク、オレサマノメイレイヲムシシテウゴクトハ、マダマダバカナヤツラダナ」


ゴリムがそう愚痴を洩らす。

そして更に進んだ時に、そっと自分の身体をガブンに掴まれ地面に降ろされた。


「ドウシタ?」

「......テキ、クル」


ガブンはそのまま背に背負っていたロングソードを両手に構える。

オーガは戦闘に長けたモンスターでありその五感も鋭い。

その鋭い五感で、此方に接近してくるゼロを感知した。

しかしガブンはその存在に目を見開く。

行動の邪魔になるだろう木々を右に左に易々と避けながら、しかし確実に此方に向かってくる黒に存在ゼロにガブンは恐怖を覚える。

そして本能が叫ぶ。早く、早く逃げろ!と。

あの黒い存在ゼロは自分達を狩るために近づいてくる。

あの手に持たれた槍は自分達を殺すために振るわれる。

手が、足が震える。

見開かれた目は黒い存在ゼロを追い続けている。だんだんと目が乾いていくが、そんなことは気にしていられない。一度でも目を瞑れば、それは"死"を意味する、と本能が告げていた。

戦闘慣れした、戦闘に特化したガブンが震える。

そんなガブンを見てゴリムは、ガブンの視線の先にいるのだろう存在を確認しようと振り向く。

その瞬間、ゴリムの身体がガブンによって茂みの奥へ投げ飛ばされる。

投げ飛ばされたゴリムは、一瞬何が起きたかわからなかったが、直ぐその後金属同士がぶつかり合う音が響き、何が起きたのかを悟る。

ゴリムが頭を上げてガブンの方を見ると、黒い存在ゼロの持つ槍をガブンのロングソードがその腹で受け止めているところだった。

ガブンのロングソードが欠ける。


「......ほぉぅ。今のを防ぐか。大した得物じゃないか」


黒い存在ゼロから出される低く小さな声は、確かに小さかったのだが、ゴリムやガブンにははっきりと聞こえ、その心を一瞬で恐怖に包んだ。

その恐怖によりゴリムの頭は混乱状態に陥り、この存在は何なのか、何故あの槍はガブンのロングソードと衝突して折れないのか等、今の状況にとってどうでもいいことばかり考えるようになった。


「ニゲル!ゴリム、ニゲル!」


ガブンが上げたその大声にゴリムは、ハッと正気に戻る。

そしてガブンの言った事を理解すると、涙を流しながら森の奥へと走って行った。

ゴリムとガブンはいわば兄弟である。

生まれた時から一緒に行動していた。

そしてこの階層に辿り着き、人間を殺すべく行動し始めてからもずっと一緒に行動してきた。

生まれたばかりの当時はまだ仲間も少なく、出会う冒険者達には何度も殺されそうになった。

そんな時いつも側で守ってくれていた兄弟ガブン

力をつけ始めてからはいつも楽しい話——どうやって人間を仕留めていくか——をし、今までの思い出を語り合った唯一無二の存在ガブン

自分達にとって最強だった存在ガブンが初めて自分に「逃げろ」と言った。

ゴリムは溢れてくる涙と垂れてくる鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、助けたい、助けたいと思いながら、しかし自分にはそのための力がない、と絶望しながら、様々な感情が入り乱れるゴリムは、それでも足の力を緩めることなく走り続けた。


•••••


ゼロは今も尚相対している存在をじっくりと観察する。

その体躯は、"完成された肉体"と言われても納得してしまうほどのクオリティであり、筋骨隆々とはこの事を言うんだな、と1人納得していた。

肌はゴブリンの緑をもっと灰色に近づけた無彩色のような色で、顔はゴブリンを少し険しい感じのイケメンにした感じ。

額からは15cmくらいの鋭い角のが生えている。

そういえば、受付嬢がこの階層には"オーガ"というモンスターが出現すると言っていたがこいつの事だろうか?

だとしたら討伐部位はこの角かな?などと考えていると大きな個体が叫んだ。


「ニゲル!ゴリム、ニゲル!」


何となく聞き取れた、というかだとしたらそれは困る。

やはり小さい個体は重要な存在隊長格だったようだ。だとしたら逃したらまた面倒な集団を作る可能性がある。逃すわけにはいかないな。

そう結論を出し小さい個体を攻撃するために姿勢をずらすが——


「ダメダ、オマエ、オレ、アイテ」


と、小さい個体を庇う位置に移動された。

はぁ面倒だな、とゼロは小さなため息を吐いた。

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