第20話 ダンジョン 1-9

AIからの通信内容を思い出して溜息を吐く。

野盗や盗賊、もしくは国家。

賊なら楽でいい。ただ潰せばいいだけだから。

だが国家は面倒だ。この世界の魔術師について殆ど知らない状況下では戦争になることは極力避けたい。

ゼロはその身にのしかかる見えない重みに再び深い溜息を吐くのだった。

その後ゼロはダンジョン探索に向かう時間まで立ったまま仮眠を取った。


•••••


時刻は午後10時頃。

街の住人達が夢の世界へ旅立っている時間。

ゼロは壁から背を離すと、畳んでおいたマントを身につけ、マゴリア——先端は大気震動発生装置スフィアで槍の形にしておいた——を背につけ準備完了。

メネアはまだ眠っている。

その気持ちよさそうに眠るメネアを起こすのは忍びなく、このまま1人で潜ろうかと考える。

1人で潜ることにして部屋を出ようとする。


「ゼロさ、ん。ダンジョンに、行くんですか?」

「あ、あぁ。だが疲れているのなら今回は寝ていてもいいぞ?」

「いえ、私も行きます」


そう言うとメネアは目を擦りながらベッドから降りた。

そして——


「よし!準備万端です」

「......その格好で行くのか?」

「え?」


言われてメネアは自分の格好をみる。

今着ているのはゼロがメネアに作った、ドレスのようなデザインの服だ。とてもダンジョン向けではない。

メネアが、どうしようと考え悩む。

ゼロはメネアにある方向を指差した。

ゼロの指差した方向にある机の上にはゼロが——メネアが寝ている間に——作成しておいた、ダンジョン探索用の装備が置かれていた。


「それを着てみろ。恐らくサイズは合っているはずだ」


何故自分に合う服のサイズを知っているのか、すぐにでも問いただしたい内容だが、メネアはそれを堪えて装備のあるところまで歩く。

置かれていたのは、主に革装備という軽装で、軽く動きやすいことからシーフやアーチャーなどの役職から好まれているスタンダードな装備だ。

しかし目の前にある物は、革装備と呼ぶには使われている金属の面積が大きい。これだと、半革装備、半鎧のどっちつかずな装備だ。

近づくと、金属のプレートに湾曲した自分の姿が映る。手に持ってみる。


「!」


驚くほどに軽い。

これ鉄じゃない?だとしたら何?

メネアが装備を観察しているとゼロが話しかける。


「取り敢えず着てみろ」

「はい」


メネアが装備を着るために、まず今着ているものを脱ぐため服の裾に手を掛け——


「あっち、向いていてください」


ゼロが向こうを向いたのを見届けると装備に着替えた。

ゼロの言う通り、装備はメネアの体格にフィットしていて違和感などなかった。そしてとても動きやすい。

恐らくポーターでここまでの装備を持っている者はメネアだけだろう。

着替え終わったメネアは唯一手元に残した持ち物——以前着ていたボロボロの服はゼロが捨てた——鞄となけなしの資金の入った袋、以前からモンスターの解体に使っていた年季の入ったナイフを持って準備を完了した。


•••••


高級宿屋をチェックアウトしたゼロとメネアは、スラム街の某所——ゼロがダンジョンに出入りするときの街の出入口(空中)——に来ていた。

街の門はとっくに閉まっている。

メネアは、いつもはそれなりに慣れているはずの吐き気を催す悪臭にやられとても気分が悪かった。

そんなメネアに声をかけたゼロは、悪臭の事について言われると、そんなに酷いのかと思案するが、メネアを見れば明らかに顔色が悪くなっていた。

ゼロは仕方ないと、メネアに寄りその身体を抱き寄せ抱えると、いいと言うまで目を閉じろと言った。

腕の中のメネアが目を閉じる。

その瞬間ゼロは大地を駆け一気に加速し、十分に壁に接近したらそのまま浮遊し街の外に出た。

メネアは相当悪臭にやられていたのか、今の一瞬に自分の身体に掛かった様々な力に気付けなかった。

ゼロは、もう開けてもいいぞと教える。

メネアはゆっくりと瞼を開けると、周りの景色が変わっていることに加え、悪臭がしない事に気付き今自分達は街の外にいることを理解した。

どうして街の外にいるのか、街の門は閉まっているわけで、どうやって外に出たのか次々の疑問が浮かんでくる。

そしてある程度意識がはっきりとし正気に戻ったため、現在進行形で自分がゼロに抱えられている——いわゆるお姫様抱っこ——ことに赤顔する。

だがメネアはこの状況を嫌がるわけでもなくただ無言を貫いた。


•••••


ダンジョン入り口に着いた。

その頃には、街の外の空気と冷たい風によりメネアの体調も治っていた。

メネアを降ろす。

そしてマゴリアを手にするとメネアに声をかけた。


「体調はもう大丈夫か?」

「......はい」


もう少し先程までの状態でいたいと思ってしまったが、これからダンジョンに潜るのだ、命を賭けた戦いが起こる場所でお荷物になる様な我儘を言うことなどできるはずもなく、メネアは肯定した。


「......一応言っておくが、油断はするな」


冒険者がたむろしていた広い空間に着いた。

メネアによればこう言うモンスターが来ない場所を"セーフゾーン"と言うらしい。

このようなセーフゾーンはダンジョンに複数あるらしく、ダンジョン内で唯一冒険者がモンスターに気を付けることなく休める場所らしい。尤も、冒険者の中にも悪人はいるようで、この広い空間では親しくない限りお互い近づくのはマナー違反なのだとか。

そのセーフゾーンを通過し、幾つにも枝分かれしていく通路に入る。

メネアがいなければ、第三階層や第四階層に降りていったが、使える武器が使えなくなるためまずは第一階層で接近戦を行いどれほど力が通用するか様子を見る。

メネアが後ろを付いてくる。そんなメネアについて考える。

今までの生活により筋肉はほとんど無く、全体的に細過ぎる。これでは少し走っただけで疲れてしまうだろう。

戦闘は疎か、逃げることさえ出来ないだろう。

ちゃんと食事をさせて運動が出来るようになったら、ある程度戦闘訓練するのもいいかもしれない。自分のことを自分で守れるようになってくれればゼロの負担も減るものだ。

2人が無言で通路を歩く事数分。レーダーに複数の反応あり。漸く敵さんのお出ましのようだ。

1パーティー分のゴブリン集団だ。

移動の仕方から後衛1に前衛4か?


「メネア、敵だ」

「え?どこですか?」

「前方突き当たりを右に曲がった所に5匹。これから行って倒してくるが、周囲に気を付けておけ」

「......わかりました。ゼロさんもお気を付けて」


メネアのその言葉に頷いたゼロは、角からゴブリンが姿を現わす前に角まで近付こうと、床の石畳を思いっきり、しかしなるべく音を立てないように駆ける。

一瞬でかなりの距離を離れたゼロを見てメネアは目を見開く。


「......すごい......音も立てずにあんなに走れるなんて......」


ダンジョンはその構造上音がとても響き渡りやすい。そのためどんなに小さい音でも、反響し大きくなってしまうのだ。

だがゼロが、かなりの速さで駆けても音は全く聞こえなかった。

それもそのはず、ゼロはメネアに"駆けているように見せている"だけなのだから。

かなり高性能な装備を揃えられるゼロでも走ることにより出る音を完璧に消すとなれば、とても広範囲な、音の発生源を囲むように機材を設置しなければないないだろう。動きながら発生する音を完全に消すことなど出来ない。

ではどうして音が出ないのか。

正解は"浮遊しているから"だ。

そもそもゼロの足は石畳と接触しておらず、衝突による音が発生していないのだ。

発生していない音を聞くことなどできるはずもない。

ゼロは浮遊装置を使い、メネアにバレないギリギリの高さを保ち、駆けているように見せていたのだ。

そして角まで後少しの距離になった時、マゴリアを大きく振りかぶる。

その瞬間角からゴブリンパーティーが姿を現わす。

遠心力により殺傷度が大きくなったマゴリアが正面のゴブリンを捉える。

正面のゴブリンは脳天から、潰れるような形で真っ二つになった。

その後すぐに——構え直すことなく——マゴリアを近くのゴブリンの胴体に突き刺す。

突き刺されたゴブリンが地面に崩れ落ちるがまだ息があり、目に恐怖を浮かべながら血濡れた手で自分の身体に刺さるマゴリアを抜こうとする。

そして一瞬フリーズした他のゴブリン達がそれぞれの得物を持ち接近してくる。

大気震動発生装置スフィアを発動し、もがいているゴブリンの内臓を内側からぐちゃぐちゃとかき混ぜ破裂させる。

周囲に破裂したゴブリンの肉片が飛散する。

その光景に怯んだ残り2匹の前衛ゴブリンの動きが一瞬止まる。

ゼロは自分目掛けて飛んで来だ矢を易々と交わすと、動きが止まっているゴブリン達に一瞬で接近し、マゴリアで薙ぎ払う。

ゴブリン2匹の上半身が宙を舞った。

上半身が宙を舞うと同時にその後を追う血飛沫が飛ぶ中、ゼロの視線が後衛ゴブリンを捉える。

ゴブリンが踵を返しゼロがいる方向とは逆の方向へと走り逃げる。

ゼロは一瞬動きを止めた後、槍投げの体勢をとるとマゴリアをゴブリン目掛けて思いっきり投擲する。

一目散に逃げるゴブリンが走りながら後ろを確認しようと振り向いた瞬間——

ブグシャ!グシャ!グチャ......プシャーー。

振り向いたゴブリンの頭蓋をマゴリアが貫通し、その威力によりゴブリンの首がもげ、頭を失った身体が何度かバウンドして無残に床に叩きつけられる。

首から溢れ出す緑色の血液が石畳を染めていく。

バキバキ!と遠くから何かの音がする。おそらくマゴリアが壁に突き刺さったのだろう。

ゼロはマゴリアを回収する前にメネアと合流する。

ゼロの戦う姿を見て興奮していたメネアは、ゼロが最後のゴブリンを仕留めたのを確認するとゼロの方へ走ってきた。

体力があるわけがないメネアは当然直ぐに息切れを起こすわけで、ゼロの目の前でゼェゼェと荒い呼吸をしている。


「......大丈夫か?あまり無理を——」

「す!凄いです!ハァ......ハァ......ゼロさん!......あんなに簡単に、倒してしまうなんて!」

「......メネアはこういう光景は、慣れているのか?」

「え?それは、そうですが」

「......そ、そうか。では行くか?」

「あ、ちょっと待ってください。討伐部位を剥ぎ取るので」


今回のゴブリンとの戦闘ではわざと結構ハードな——子供が見たら恐怖で震えるような——光景を作り出したのだが、メネアは怖がるどころか、私の戦闘を誉めてきた......。相手はモンスターだが、人間と同じヒト型生物だ。殺すことに躊躇いを覚えないのか?

これを"世界が違えば常識も違う"と結論を出して片付けていいのだろうか?

メネアのような子供が生き物を殺すことに躊躇いを持たない世界、か......。

単にメネアがそういう人格なのかもしれないが......。

メネアが倒れている——一匹は原型を留めていない——ゴブリンの討伐部位を剥ぎ取る。

ゼロはそれが終わるのを待ちながら考え事をする。

この世界で初めての接近戦だが大した事はなかった。

こんなものは運動のうちに入らず、この後もずっと第一階層で狩りをするのも別にいいが、それだとメリットがなさ過ぎる。......確か第四階層にはオーガとかいうモンスターが出現すると受付嬢が言っていた。

メネアがいるが、そんなに頻繁に出現するわけでもないだろう。それにまだ第三階層への階段すら見つけていないのだ。無理ならば途中で引き返せばいいか。


「ゼロさん、終わりました!」

「あぁ、では行くか」

「はい!」


マゴリアが飛んでいった方向へと進み、3分の1くらいが壁に突き刺さっていたマゴリアを強引に引き抜き、その光景でさらにテンションが上がったメネアと共にダンジョン探索を再開したのだった。

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