第18話 ダンジョン 1-7

ギルドを出たゼロは、冒険者の少ない夜になるまでは特にすることもないため、目的もなく街の中を歩いていた。

そんなゼロが最初にたどり着いたのはこの街の中心部にある広場で、どうやら朝の市場が開かれているようだ。

町中から人が集まってきているようでとても賑やかだ。

強化外骨格アーマーを着たゼロは、周囲の人達より背が高くなっているためある程度は見渡すことができる。

人ごみの中を通りながら屋台などでどんな物が売られているのかを見ていく。

食べ物、特に野菜や調理された肉料理が多いようで、多くの主婦だろう人達が値切りながら商品を購入している。

ゼロにはどんなものかはわからないが、焼かれることによって流れていく肉料理の匂いに誘われたのか、多くの子供達が屋台の周囲に佇んでいる。

大抵はちゃんとした服——この街で一般的だと思われる服——を着ているが、中にはシミなどの汚れや穴の開いたボロボロの服を着ている子供達もいる。

そして皆一様にお腹の大合唱を披露している。

ゼロは訳あってまだこの世界の食べ物を口にしていないが、それは別に食に興味がないわけではない。むしろ興味津々であり、どの様な味がするのだろうと考えると唾液がどんどん分泌されていくのに対して、まだ食べる訳にはいかない明確な理由があるために口にできずもどかしい気持ちになり、結果イライラしてくる。

それにより食料関係はあの問題が解決したら考えることにしようと決め、足早に屋台から離れる。

次に見ていたのは小物を売っている屋台で、様々な色の"石"と金属でできたアクセサリーがショーケースに並べられている。

ピアスや指輪、腕輪が多かった。

しかし思ったのが、アクセサリーに使われている石だが、その全てが瑪瑙メノウの様な層状の模様があり様々な色合いをしている。

だがその全ての石が不透明であるため、拾ってきた石に着色したもののように見えてしまう。

これらは宝石なのだろうか?

屋台のおっさんに話を振ってみる。


「とても綺麗なアクセサリーですね」

「だろ?ドゥーレインの街で仕入れてきたんだ。使ってるパースは二級品だが、台座は全てかの"ドサンサ工房"が作ったもんだ。どれも一級品に負けねぇくれぃにいいもんばかりだ。どぅだ?買ってくか?」


パースとはおそらくこの石のことだろう。

話的に見ればこのメノウ擬パースはアクセサリーに使われるくらいだ。ある程度は価値のあるもの——宝石かどうかは別として——と見て問題なさそうだ。

で、あとはその価値だが......。


「そうですね......これなんかは幾らになります?」

「お!にぃちゃんお目が高いねぇ。赤を選ぶとは」


適当に選んだのがたまたま赤色だっただけで、実際は何でもよかった。


「それで幾らなんですか?」


もう一度聞くとおっさんはゼロの全身を観察するように見て価格を告げる。


「銀貨7ま——」

「そうですか。残念ながら手持ちがないので、次の機会にします。では」


ゼロはそう言うと屋台の店主から値下げされる前に屋台を後にした。

あのアクセサリーの本当の値段は知らないが、明らかに相場以上の値をつけたのは丸わかりだ。

あの石には少し興味があったが今のなけなしの所持金の約半分を払ってまで手に入れるような物ではない。

それに本当かどうかはわからないが、一応あのパースの産地は聞けたので、サンプルとして欲しいのならば、自ら足を運ぶか誰かに行かせるかすればいい。

引き続き市場を見回る。


•••••


アクセサリーを売っていた屋台の後、幾つかの屋台——食料以外——を見て回ったが、特にゼロの目を引いた物はなく、時刻は12時を回っていた。

今ゼロがいるのは、市場が開かれている広場と街道の接触点であり、ゼロは広場を形取る建物に背を預けながら昼食を取っていた。

ヘルムの中で、数十年前に一新したが未だに慣れない味の携帯食料(液体)をチューブから摂取し昼食を終える。

この携帯食料は、世界エデンの、食料研究をしている研究者達が作った今現在最も効率的に栄養分を摂取できるもので、保存もきくため保存食として継続的に作られ続けている食べ物だ。味の保証はない。美味しくしようとすると余計な物質を入れることになるので効率が落ちるらしい。

さて......午後はどうするかな......。市場は全て見回ったし......。

何をしようか考えた時に何も思いつかないことに、自分の発想力が凝り固まってきていることに軽いショックを受けていると、広場から大分離れた街道から脇道——路地裏と呼べるような——に男達が子供を連れ込む様子が伺えた。

その場に居合わせていた人達が皆、男達と顔を合わせようとしていないことから男達と子供が親しい間柄ではなさそうだと結論を出す。

と、同時に少し足早に男達が入っていった脇道に向かう。

いゃぁいいひまつゲフンゲフン......っができたものだな。

背中に斜めに付けていたマゴリアを左手——利き手は両利き——に持つ。

マゴリアを支えのように、歩調に合わせて石畳を突いて歩く。

脇道に近づくにつれて男達の喋り声が聞こえてきた。


「なぁなぁ、オレ達仲間じゃん?そんなオレ達困ってるわけよ。わかる?」

「そうそう。ジェイが逝っちまった所為でこっちはガタガタなんだわ」

「だからさ〜あ?今回の報酬、全部オレ達が貰ってもいいよな?」

「ってゆーかお前の持ってる金寄越せよ」

「ギャハハハ!そうだな!金はお前のようなガキよりオレ達の方が上手く使えるしな!」


どうやら期待予想通りの展開みたいだ。

子供が男3人にカツアゲされそうなっている。


「な?オレ達仲間だろ?......わかったらさっさと金出せや!」


男の1人が子供の胸ぐらを掴み殴りかかろうとする。


「兵隊さーん!こっちです!こっち!犯罪です!」

「なっ⁉︎」

「っ!」


こういう輩にはよく効く言葉だ。「こっちです!こっち!」だけだと、相手が咄嗟のことに理解できない可能性がある。そのため"兵隊"や"犯罪"という、男達が敏感に反応する言葉を入れてみた。

我ながら驚くほどの大声をいもしない架空の兵隊に向けて出すと、男達は一瞬硬直した後、子供をほっぽり出して逃げていった。

ゼロの大声に街道を通り掛かった人達が驚いて見ている。

自体を知っていながら何もしなかった者達は自分の無力さを悔やみ尊敬の眼差しを、知らなかった者達は興味の眼差しをゼロへと向ける。

そんな視線を気にせず、ゼロは尻餅をついた子供の側まで寄ると少しだけ屈み、空いている手を差し出した。

初めはキョトンとした顔をしていたが、理解出来たのかそっと手をゼロの手に収める。

震えていた。

ゼロはその小さな手を優しく包み込み、ゆっくり立たせる。


「大丈夫かい?」

「......」


この問いは別に答えを期待したものではない。声を掛ける事そのものに意味がある。

子供を立たせ、子供の目線と同じ高さにあわせ、そう声をかけると手を離してそっと子供の頭の上に置き優しく撫でる。

手を置くまでは怯えるように震えていたが、少しの間撫でていると段々と震えが治まってきた。安心出来たのか?

子供は身の丈に合わない大きな鞄を背負っていて、服や靴はボロボロだ。頰や手足は痩せていて土で汚れている。見た目で決めるのは良くないが、もしかしたらスラム街に住んでいるのかもしれない。

子供が顔を上げて此方を見てくる。ハルムを被っているため直接ではないが、目があった。


「......あの......」

「どうした?」


怖がらせないように優しく問いかける。


「......ぁ、ぁりが、とう」

「うんうん。わかったよ」


そう言葉を掛けると子供は目に涙を浮かべてシクシクと泣きだしてしまった。

ゼロは子供の頭を泣き止むまで撫で続ける。

周りが騒がしい。

レーダーで確認するとかなりの数の人が集まってきていた。

何が目的で近寄ってきたのかはわからないが、正直ウザイ。

さて......ひとまず移動するか。

段々落ち着いてきていたので撫でるのを止め、立ち上がる。

身長差が半端ない。

子供の身長は150cm位か?

取り敢えず行動を起こすために話しかけ——


「君——」

「あの!私を雇ってください!」

「......」


——ようとしたら大声で遮られた。

......ん?雇って?


「......取り敢えず場所を変えよう。人も集まってきちゃったし」


うん、と頷く。

そして街道に出て休める場所を探す。

そういえば広場の方にベンチがあったな。あそこにしよう。

はぐれないように手を繋ぐ。

ベンチまで移動すると、ベンチに子供を座らせる。

はぁ......これからどうするかな......。取り敢えず聞くだけ聞いてみるか......。


「......それで、雇ってとはどういう事だい?」

「私はポーターです。なので冒険者さまのお手伝いができます!」


私は冒険者じゃないんだが......まぁこの見た目だからしょうがないのか。しかし、ポーター?どんな職だ?


「......その、ポーターとはどんな職業なのかな?」

「荷物を運ぶ職業です!」


荷運びか。確かにダンジョン探索とかではいた方が楽になるが、必要ならば自動歩行人形オートマタを使えばいいわけで......。うーむ。


「......残念だが、君を雇う事はできな——」

「私はいらない子?」


ピキッ。ゼロの表情——ヘルムで見えないが——に亀裂が入る。ヘルムの中で引きつった笑みを浮かべる。

ナ、ナンダト......。

子供の吐いたセリフを聞いた人達が此方に振り向く。

これからゼロはこの街で商売をしていくつもりだ。それ故にこの事態はまずい。非常にまずい。

もちろん売る商品で信頼を勝ち取る事は出来るかもしれないが、商売を始めるより先に悪い噂が立ったら目も当てられない。

故に——


「雇おう」


——と、言わざるをえなかった。

その言葉に子供は子供らしいらしくないキラキラした顔したり顔で笑った。

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