第12話 ダンジョン 1-1
ギルドは一時に静寂に包まれたが、貴族の少年がギルドを去った後ギルドマスターの呼びかけにより、さも何もなかったかのように職員や冒険者達が動き始めた。
貴族に絡まれていた女性職員は、同僚と思われる女性職員に背中を支えられながらカウンターの奥の部屋へと歩いて行った。
荒くれ者が多そうなイメージのある冒険者だけでも大変そうなのだが、権力や地位を背に威張り散らしてくる貴族までも相手にしなくてはいけないギルド職員も大変な仕事だな、なんて他人事を考えながら冒険者ギルドを後にする。
冒険者ギルドを後にしたゼロの頭の中は、既にこれから行く
数日後にそれらの面倒くさい人種に盛大に絡まれることになるのだが、まだゼロは知る由もなかった。
•••••
冒険者ギルドを出た後、すぐにダンジョンに向かうことにした。
受付嬢の話によると、北門のすぐそばにダンジョンがあるらしく、全日解放されているためにいつでも出入り出来るのだとか。またダンジョン内での事故や事件に役立つことがあるため、潜る人の名前や役職を記録しているらしく、潜るのならば入り口付近にあるテントで受付をしなくてはいけないらしい。私の場合は滞在許可証を見せて名前を記入すれば良いらしい。
時間はもう夕方と呼べるくらいの明るさであり、夕日の光を浴びてオレンジ色に染まりながらも刻一刻と形を変える雲を眺めながら街中を歩く。
この時間帯に加え、冒険者ギルドが近くにあるからなのか、道を行く人々のほとんどが、ギルド内で見た冒険者のような格好をしている。おそらく冒険者なのだろう。
帰宅する冒険者に合わせてなのだろう、外観と内装から飲食店と思われる店が、道に少しはみ出す形で新たに机と椅子を設置している。その設置している数から、かなりの冒険者が利用しているのがうかがえる。
冒険者は、街や村の外でモンスターを狩り治安を守る。そして狩ったモンスターの素材をギルドに売り報奨金を得る。売り出された素材の数々は、それぞれ必要としている職人達に売られ、新しい形となって国や人々の生活を支え、強いては冒険者の成果を上げる為の一助となる。報奨金を得た冒険者は、生活費や娯楽、装備の手入れをするのに街や村に金を落とす。
ここだけを見ても冒険者がいかに重要な職業なのかが見受けられる。
•••••
雲を眺めながら歩いていたらすぐに北門に着いた。
門衛に滞在許可証を見せて、ダンジョンに潜るとこを伝えたらすんなりと許可してくれた。
ダンジョンの位置を門衛に教えてもらい向かうと、すぐ近くにテントが張られていた。また草原の大地に石材でできた螺旋階段のようなものが地下に伸びる形で存在している。
おそらくあれがダンジョンの入り口なのだろう。
受付なのだろうテントには、冒険者ギルドの職員達と同じ服装の人が1人と、兜以外の全身甲冑を纏った騎士らしき人が1人いた。
「ダンジョンに潜るので受付をお願いします」
「冒険者カードを出してください」
「いえ......私は商人ですので冒険者カードは持っていません。これを見せれば大丈夫と言われたのですが」
「......そうでしたか。はい確かに。......護衛無しで大丈夫なのですか?ギルドの方で護衛を雇うこともできますが......」
「大丈夫です。これでも腕には少し自信がありましてね。それに自分の力量は熟知しているので、危険だと判断したらすぐに引き返しますよ」
「......そうですか。ではこれ以上私が言うこともありませんが、ダンジョンでは想定外のことが起こりやすいので、くれぐれも注意してください」
「わかりました。ご忠告感謝します」
「ではここに名前を書いてください」
渡された用紙に名前を書く。
一応音声言語は大体を話せるまでなってきたが、文字についてはまだからきしであり、一応自分の名前だけはジンさん達に教えてもらっていた。
•••••ポルガトーレへの道中、乗合馬車での話。
「ジンさん。こちらの文字で"ゼロ"ってどう書くのですか?」
「?......あぁ、商人の方だと名前を書けないと不便ですよね。"ゼロ"は、こうですね。それにしても言葉も文字も違う国って、ゼロさんのいた国はとても遠いのですね」
「えぇ、途中まで船を使って来ましたから」
「なるほど。そういえば、ここよりはるか東方にある国々では、文字一つ一つに意味があって、名前に何らかの想いを載せることがあるらしいですよ。ゼロさんの国ではそういうのありました?」
「......えぇありましたよ。そんなことよく知っていましたね。流石です」
「いやいや。趣味でいろいろな本を読むのですが、いつも周りからは"無駄な知識を詰めるバカ"、なんて呼ばれています......ゼロさんの名前にはどんな意味があるのですか?」
「......そうですね......私のいた国では"ゼロ"っていうのは"無"や"原初"、"始まり"なんていう意味がありますね。実際には何も無いけれど、始めから何かが存在していることは無いとか、そういう意味が込められているのではないでしょうか」
「......奥が深そうですね......私には難しいです」
「......なんかかっこいい......」
•••••終わり
渡された用紙に記名し終わり、早速ダンジョンに足を踏み入れる。
階段を降りていく自分の足音が、カツカツと反響していく。
降りている途中に気づいたことなのだが、暗く無いのだ。
光源は何処にも見当たらない。であるのならば、下に降りれば降りるほど暗くなっていく筈なのに、一向に暗くならない。
階段の壁に寄り、ズームして観察してみると、石材の所々に小さな青白い結晶のような物が埋まっており、それらが光源として光っているのだということがわかった。
これ一つだけでゼロの好奇心は
下まで降りると、そこには大きな空間が広がっていた。
何組かの冒険者パーティーが壁際で休憩しているのがうかがえる。
ある者は談笑していたり、ある者はこれからの予定を話していたり、ある者は今日のダンジョンでの成果を吟味していた。
そしてある者は、欠損した自分の身体を見て涙を流していた。
この街や国、世界についてはまだあまりよくは知らないが、少なくとも私の見てきた範囲内では、医療技術が発展しているとは言えない。
ポーションという治療薬のような物を見かけはしたが、誰もかれもが買えるような値段ではなかった。
冒険者にとって身体は資本だ。指の一本でも欠損した場合、先頭に大きな支障が出るだろう。
だが彼らは腕や足を無くしていた。
身体が欠損した彼らには、冒険者をやめるか今後大きなハンデを背負ってでも冒険者を続けるかの選択をしなくてはいけないだろう。
彼らには有用性が見出せない。
さて、そんなことよりもダンジョンだ。どんな未知が待っているのだろうか。精々私を楽しませてくれたまえ!
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