第11話 幕間 毒蛇竜
私達新たなる息吹は、辺境の街ポルガトーレの冒険者ギルドで依頼を受け、冒険者の村であるコンブリオ村まで来ていた。
受けた依頼は探索。
最近、この村に襲撃をかけるモンスターが増えたらしい。
情報によると、主にゴブリン種が襲撃してくるらしく、たまにオーク種やオーガ種が出るらしい。
これらのモンスターは、繁殖期に手薄で守りの薄い人の村を襲うことがある。
しかしこの村は、村と言っても武装した冒険者が主体の武装村に当たり、村を囲んでいる壁もゴブリンの襲撃程度では壊れない。
ゴブリン種にはホブゴブリンという通常のゴブリンより賢く統率力を持ったゴブリンがいるが、通常のゴブリンでさえこのような戦力を持っている村に襲撃をかけるようなことはしない......普通は。
故に、今回のようにこの村に襲撃をかけるようなことは異常と言える。
ゴブリン、もしくは森に何らかの異常事態が発生しているのだろう。
コンブリオ村には冒険者は沢山いるが、そのほとんどが駆け出し、または傭兵崩れの冒険者で戦闘に自信はあっても探索については信用がない者達ばかり。
コンブリオ村には数こそ揃うが、優秀な冒険者は1人もいない。
優秀な冒険者は、そのほとんどが、地方の領主や中央の貴族に囲われているためだ。
わざわざ危険な場所で、かつ今の彼らにしたら低賃金で雇われることなど意味がない。
これがこの国の現状だ。
そんなことを言っている私達にもヴァイマール辺境伯というパトロンがいるのだが。
ノルン・フォン・ヴァイマール辺境伯。
辺境の街ポルガトーレの女領主だ。
辺境伯は領主として、私達にコンブリオ村周辺一帯の探索を依頼した。
依頼内容は基本的に探索だが、モンスターの異常増殖が確認された場合、可能な限りの討伐も含まれている。
討伐した種類と数は報奨金に加算されるので美味しいクエストと言える。
それに今回は、クレアの妹のシルアの"冒険者"として初のクエストとなる。
そのためか、シルアとその姉のクレアはもちろんの事、他のメンバーもいつも異常に気合が入っている。
そういうわけで、私達は冒険者の村であるコンブリオ村に来ているわけだ。
今は朝の9時頃。村の門を出たところにみんな集まっている。
「みんな、確認するけど、今回のメインは探索だ。モンスターを狩れば報酬は出るけど、無理はしないように。今回はシルアもいるしね。陣形は昨日話し合った通り、シルアを中心に置いた形をとる。あとは場合によりけりだね」
「「「「わかった(わ)」」」」
「シルアはできる限りでいいから、みんなの動きとか、周りの状況をつかめるように努力するんだ。わからないことがあったら、手の空いている人に聞けば、教えてくれるから。クレアに聞いてもいいしね」
「わかりました!」
クレアに似たのか、流石姉妹というべきなのか、本当に元気で明るい子だ。
シルアの元気の良い言葉で締めくくり出発した。
•••••
草原を歩いていても、特に襲われることはなく順調に進むことができた。
ここまでで、別に異常というべきものは見つかっていない。
今は昼の12時頃で丁度昼時だ。
森に入る前に、食事を取っておこう。
「みんな、ここら辺で少し休憩しよう。各自準備に取り掛かってくれ」
食事の準備はクレアとジンの担当だ。シルアは料理は苦手らしい。
......しかしジン、少し器用過ぎじゃないか?何でもできてしまうところが羨ましすぎる......。
料理出来ない組は周囲の警戒と薪拾いだが、薪は既に拾ってあるので後は警戒するだけだ。
•••••
「出来たわよ〜」
クレアが食事の用意が出来たと伝えに来てくれた。
冒険者は戦闘になるといつ食事をとることができるかわからないため、食べられる時に食べられるだけ食べる。
今朝も沢山の量取ってきたのだが、もう少しで腹の虫が鳴きそうだ。
「おお、美味そうだ」
「いつも通りなんだけど」
「......」
内容は黒パンにラビーの干し肉。だいぶ質素な内容だが、冒険者の食事は質よりも量を優先するので、そうなると必然的にこうなる。
この虚しさを少しでも紛らわせるために「美味そう」と自分達に暗示をかけようとしたのに一瞬で崩された。
ジンがこちらを見て、フッて鼻で笑った。
おい!笑ったな!今笑ったよな!私の気苦労を返せ!
睨みつけるが、ジンは「飽きた」とでもいうかの如く、直ぐに自分の食事にありつく。
みんな静かに食事をとっている。
シルアは"冒険者の食事"っていうだけで、味よりも好奇心が勝ったようで、一つずつ噛み締めて食べている。
私も初めてのクエストではこんな感じだった気がする。だが他者からはこんな感じで見られるのか......懐かしいが、同時に恥ずかしいな。
•••••
昼食を取り終えて、荷物をまとめて森に入る。
この森に正式な名前は無いが、冒険者達にはアルバの森と言われている。理由は知らない。
森に入ってからしばらくの間は木々の距離がある程度あったために、差し込む光で辺りを見回せたが、奥に進むにつれてだんだんと暗くなってきたように感じる。
「(おい)」
盗賊職であるジンが小声で合図してきた。
ということは何かを見つけたのだろう。
みんなも静かに合図に従ってジンの方に寄る。
「(どうした)」
「(あれを見てくれ)」
そう言ってジンが指差す方向を見る。
100m程離れた場所で何かが動いているようだ。
木々や茂みでよく見えないが、おそらくモンスターだろう。
「(モンスターだろ?ヤるのか?)」
「(おそらくゴブリンだ。数は5匹。ヤるかどうかはリーダーに任せる)」
......任された。
相手は5匹。
この程度ならいつもは大丈夫だが、今回はシルアもいる。
この数は少し多い。ヤるならせめて4匹以下の集団じゃないとダメだな。
「(今回は戦わない)」
「(了解)」
みんなにも戦わずに離れる合図を送る。
「キシャーーーー‼︎」
その時、突然背後から奇声が上がった。
人のものではない。モンスターだ。
慌てて後ろを振り向くと、そこには巨大なモンスターが私達を見下ろしていた。
全身緑色の鱗に覆われた6本の足を持つ蛇のようなモンスター。
私達新たなる息吹も、過去に一度だけ戦ったことがあり、二度と戦わないと決めたモンスター。
ギルドによって決められたランクはCで、他にいる強力なモンスターと比べれば低めだが、決して油断出来ないモンスター。バジリスク。
「全員散れーー!」
この手のモンスターで気をつけなければいけないのは、ブレスと尻尾だ。
バジリスクは毒のブレスを吐く。
解毒ポーションは高価過ぎるために一介の冒険者は手に入れることが困難な為に持っていない。
ブレスには最善の注意を払う必要がある。
他のメンバーから目をそらさせる為にバジリスクの正面、ではなく正面より少しずれた場所へ移動する。
しかし大きいな。以前のよりもひとまわり程大きい気がする。
「おいおいどうした!お前の相手はこの私だ!」
「キシャーーーー‼︎」
片手剣と盾を構え、片手剣を盾にぶつけカン!カン!と音を鳴らし他から注意を逸らす。
バジリスクがこっちを睨んでくる。
視界の端にメンバーが撤退の体勢を整えている様子が見えている。
整えられるまでは私が引き留めなくては!
バジリスクが動き出した。
流れるような滑ならかな動きで、はじめはゆっくりだが一気に加速する、突進だ。
この動きはバジリスクを横から見ることができればわかりやすいが、真正面からだとわかりづらい。
横に身を翻してこれを避ける。
バジリスクのような巨体を持つモンスターの突進は直線的な為に、突進している最中は背後が無防備になる。
突進して行くバジリスクをクレアのファイアーボールが追って行く。
バジリスクは正面から獲物がいなくなったことに気付くと直ぐに動きを止めて反転する。
直後、バジリスクの正面の胴体部分にファイアーボールが直撃し、爆発する。
「キ、キシャーーーー‼︎」
ファイアーボールが直撃した部分の鱗は弾け飛んでおり、肉がむき出しになっている。
バジリスクはクレアを睨みつけ、突進を開始した。
どうやら脅威とみなされたのかもしれない。
「クレア!」
「わかってる!」
クレアも身を翻して横に避ける。
だがバジリスクは突進を止めず、自分よりも小さい木々をなぎ倒しながらそのまま突き進んで行った。
っ!その方向はダメだっ!
私とクレアは、突進して行くバジリスクを慌てて追いかけるが、速すぎる。
「ガイル!ジン!気を付けろっ!そっちに行った!」
バジリスクの突進の音によって消されてしまうだろうが、叫ばずにはいられなかった。
少し離れたところで悲鳴が上がった......シルアだ。
「シルアっ!」
隣を走っているクレアから心配の声が上がる。
おそらく顔は蒼白になっているだろうが、横を向いて確認する暇はない。
「キシャーーーー‼︎」
ガイル達のいるところへ到着した。
バジリスクの様子がなんだかおかしい。頭を振り回すようにもがいているように見える。
バジリスクを警戒しつつも、横目で仲間を確認する。
ガイルとジンは大丈夫そうだ。
私同様にバジリスクを警戒している。
しかし彼らの直ぐそばにシルアが倒れていた......まずいな。
「っ!よくもシルアをっ!」
クレアもシルアが倒れているのを見たのか、バジリスクに向けてファイアーボールを連発し始めた。
複数のファイアーボールが少しの時間差でバジリスクに直撃して行く。
凄まじい爆発音とともに、バジリスクの鱗や肉片が弾け飛んで行く。
あたり一帯に肉の焼ける臭いが漂った。
かなり不快な臭いだ。
今のでかなりの深手を負ったはずだ。
爆発で起こった煙が霧散し、バジリスクの様子を見る。
バジリスクは......立っていた。
しかし動こうとしない。
片目で私の姿を捉えているのがわかった。
片方の目にはダガーが突き刺さっていた。
おそらくジンがやったのだろう。だから暴れていたのか。
「クレア、ファイアーボールはまだ使えるかい?」
「もう無理だよ。今使ったらマナ切れで倒れる」
「わかった......みんな、これ以上は危険だ。今のうちにシルアを担いで撤退しよう」
ガイルがシルアを担いで、その後のサポートにクレアとジンがまわる。
私は念のためもう少しバジリスクの様子を監視する。
仲間の撤退の時間が十分に取れたので、自分も彼らの後を追う。
最後にバジリスクを見たが、私を睨みつけているだけで動かないのを確認して撤退した。
•••••
しばらくして森を出て仲間を確認できたが、どうやらまずい状況になっているようだ。
仲間に複数のゴブリンが迫っているのが確認できた。
今はシルアが危険な状態なんだ!本当に勘弁してくれ!
全速力で走り仲間に合流できたが、状況はあまり変わっていない。
ゴブリン達の方が私達よりも数が多いのだ。
それにこちらには負傷者がいる。どう考えても不利すぎる。
一瞬だけシルアを見捨てる、なんて考えが浮かんでしまったが、直ぐにその考えを振り捨てる。
私にとってシルアは妹のような存在だ。
見捨てるなんてことはできない。
「いつもの陣形で行く!クレアはシルアのそばにいろ!」
「「「わかった(わ)!」
直後、前衛のゴブリン達と剣を交える。
カキーンッと金属同士がぶつかり合い火花を散らす。
盾を使いゴブリンを突き飛ばすと、横から切り掛かってきたゴブリンの剣を躱し、背中を見せたところで斬りつける。
斬られたゴブリンは地面に倒れ、少し痙攣していたが直ぐに動かなくなった。
まずは1匹。
ガイルの方も1匹倒していた。
だがゴブリンはまだまだ多い。
ゴブリン達の後衛が追いついたようで弓で攻撃してくる。
くそっ!面倒だ。
「1発だけ、ファイアーボールを使うわ!」
マナが少し回復したのか、それとも1発逆転に掛けたのかはわからないが、それしか方法はなさそうだ。
「わかった!少し退がる」
彼女が詠唱を開始する。
その間、無防備になる彼女の盾となるべく退がる。
「行け!ファイアーボール!」
彼女の撃ったファイアーボールがゴブリンに直撃する。残念ながら直撃したのは1匹だけだった。
「ごめんなさい。もう撃てないわ」
「大丈夫だ。そこにいろ」
クレアはもう戦力にはならない。
戦えるのは後、私を合わせて3人。
ゴブリンは7匹もいる。倍以上だ。
これは......だめか?......いや、そんなことは考えるだけ無駄だな。
今はゴブリン達と睨み合いの状態だ。
ゴブリンの弓兵が矢をつがえる。
狙いは......クレアだ!
ガイルとジンも、敵の狙いがわかったのだろう。
クレア達を隠すように敵との間に立つ。
複数の矢が降り注ぐ。
「がぁぁぁっ!」
負傷したジンが崩れる。
私とガイルはなんとか盾でしのいでいたが、ジンは盾を持っていない。
矢の一本がジンの足に刺さっているのがうかがえた。
これを好機と見たのか前衛ゴブリン達が襲いかかってきた。
くそっ!くそっ!くそっ!
2人だけで複数のゴブリンを相手取る。そろそろ体力が持たない。
......終わりか......。
後ろの弓兵が次の矢をつがえているのが見えた。
乱戦しながらの矢は防ぎきれない。
死にたくない......死にたくない!
......あぁミリンダ、すまない。私は君のもとへは帰れそうにないよ......本当にすまない......。
弓兵達が弓を放とうと狙いをつけ始めたその時、突然後衛の弓兵達が次々と倒れ出した。
......な、何が......起こった?......。
まだ前衛は気づいていないようで、私達に攻撃を続けている。
次は私に攻撃しようとしたゴブリンの1匹が突然倒れた。これには他のゴブリン達も気付いたようで、辺りを見回している。
そして弓兵が倒れているのを発見して混乱し始めたようだ。
何が起こっているかはわからないが、これは好機だ!
私とガイルは直ぐに体勢を整え、残りのゴブリン達を掃討する。
•••••
ゴブリン達を倒した後、負傷した仲間の様子を見るために一箇所に集まり、シルアに何があったのかなども含めて聞いたが——
「毒を浴びた⁈」
なんていうことだ......バジリスクの毒なんて......解毒ポーションは無いんだぞ!
助けようが無いじゃないか......。
ゴブリンとの戦いに勝っても、仲間を助けることができないなんて......。
毒は直撃しなかったためか即死は免れたようだが、持って後数分だろう。
私達がシルアを助けられないという現実に絶望していると、その人が現れた。
私達が一生忘れることなく、将来私達が自分達の子供に語り継ぐことになる方が。
•••••
森の中から現れたその人は、私達が知らないアイテムを使って、瀕死状態のシルアとジンを救ってくれた。
はじめは瀕死状態の仲間に何をするのか不審に思ったが、ジンの傷が治っていくさまを見て、この人が治療してくれていたことを悟った。
この恩は私達新たなる息吹は一生忘れないことを心に刻み込んだ。
その後、シルアの体調などを整えるために村に戻り、ポルガトーレへ戻ることになった。
彼もついて来てくれると言っていた。なんとも心強いことだ。
彼は、自分は商人だと言っていたが、とても強い魔術師でもあるのだろう。でなければ、先ほどのような攻撃魔法は使えないと、後にクレアが教えてくれた。
•••••
コンブリオ村に帰還し宿に戻る。
夕飯時になってシルアが目を覚ました。
そのことに私達はとても喜んだのだが、クレアがシルアに抱きついて離れようとしなかったので、店主に頼んで2人には部屋で夕食をとってもらった。
夕食後に2人の様子見に伺ったが、クレアはもう眠ってしまったとシルアが教えてくれた。
じゃあ話は明日にしようかと、自分の部屋に戻ろうとすると、シルアが話を聞きたいというので、クレアを起こさない程度の音で話すことになった。
バジリスクの毒を浴びて瀕死状態になったこと。
商人と名乗るフルプレートの人がアイテムを使って助けてくれたことなどを話していくと、終いには、会いたい!と言われてしまった。
どうなることやら......。
•••••
次の日、ポルガトーレへ向かう乗り合い馬車に乗ったが、残念なことにゼロさんと一緒の馬車には乗れなかった。
約束もあるので、休憩の昼時に誘おうか。
•••••
昼食時にゼロさんを誘ったのだが、シルアがゼロさんを見るなりおどおどし始め、ゼロと目線を合わせると下を向いてしまった。
これは......。
•••••
ゼロさんがクレアの魔法を見たいということで森に行っている間にシルアに聞いてみることにした。もしかしたら応援できるかもしれないしね。
「シルアはゼロさんのことが好きなのか?」
「⁈」
「......」
「......好き......かも」
「......そうか......お兄さん達応援するから、頑張れ」
「......うん......」
ということになった。
その後休憩が終わり、ポルガトーレへ向けて出発した。
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