この想いを音に乗せて

 アルフレッドにメアリーのことを尋ねられないままやってきた、合奏の日。いよいよ、今日ソロを吹く演奏者が決まる。


 いつもよりも早くウィンドホールへ行くと、既にコットンが席について音を出していた。綺麗な音に怯みそうになるけれど、私は私なりの音楽を演奏するだけだ、と気持ちを奮い立たせてコットンの隣に座る。コットンも一瞬私を鋭い目つきで見たけれど、すぐにまた楽器を吹き始めた。


 私も楽器を準備して音を出す。中学の頃からやってきた基礎練習を今日も。


 どのくらい時間が経ったか。楽器が温まった頃にふと後ろを振り返る。すると、もうアルフレッドも来ていて音を出しているのが見えた。音も聴こえてくる。アルフレッドの音はいつも真っ直ぐだ。その音を聴くと、なんだか安心させられた。


「それじゃあ始めようか」


 カミーユの号令でまずは通常の合奏練習から始まる。前回できなかったところを重点的に合わせていく。私は初めはどこかで緊張していたが、合奏が進むにつれどんどん曲に入りこんで言った。練習の甲斐もあって、前回より演奏についていくこともできた。


「今日はここまでにしよう」


 合奏は一時間ほどで終わった。カミーユが全体を見渡す。


「それじゃあ予告していた通り、これからソロを決める。対象パートは曲の順番でトランペット、クラリネット、オーボエ、フルート、ホルン、トロンボーン。以上の楽器だ。一人しかいないオーボエはメアリーで決まりとして、他の楽器のソロ奏者を今日決める。まずはトランペットから決めよう」


 カミーユの視線がトランペットへ向く。


「トランペットでソロを希望する者は挙手を」


 手を挙げたのはアルフレッドともう一人の男性。カミーユはこくりと頷く。


「それじゃあ一人づつ、まずはアルフレッドから。伴奏をお願いできるね?」


 カミーユの求めに応じ、トランペットソロの時の伴奏とアルフレッドだけが楽器を構えた。カミーユが指揮棒を振ると、一斉に演奏が始まる。


 伴奏がいると、アルフレッドの音はさらに際立つ。暗闇の中でポッと灯る明かりのように、アルフレッドの音は優しい。存在感があり、私の席まで胸に響くような音が襲ってきた。


「はい。じゃあ次はガイル」


 もう一人の立候補者の演奏が始まる。それは圧倒的な違いだった。技術面ももちろん、表現力がまったく違う。アルフレッドの音は胸に迫るものがあるのに、ガイルの音はそうではなかった。


「はい。トランペットのソロはアルフレッド。異論のある者は?」


 二人の演奏が終わると、カミーユは淡々とそう告げる。もちろん、誰からも異論は出なかった。


「よし、それじゃあ次はクラリネット」


 私はふーっと息を吐き出す。不思議と緊張はしていなかった。たぶんアルフレッドの演奏を聴いたせい。あの後に続くソロを、今はただ演奏したいだけ。


「ソロを希望する者は挙手を」


 迷わずにすっと手を挙げる。それは隣のコットンも同じだった。


「それじゃあ一人づつ、まずはコットンから。せっかくだから、トランペットのソロから続けて演奏してもらえる?」


 カミーユの求めでアルフレッドのソロから演奏が始まる。私は目を閉じてその音を堪能した。


 トランペットのソロが終わるとクラリネットのソロが始まる。コットンの音は綺麗だ。だけど、もう私は自分が演奏するイメージを頭の中で描くだけで、コットンの演奏がはっきりと頭の中に入ってこなかった。


「はい。じゃあ次はシエラ」

「はい」


 コットンの演奏が終わって、次は私の番だ。もう一度アルフレッドの演奏から始まった。この演奏は私に繋がる。アルフレッドの音に優しさが増してクラリネットに受け渡される。私は楽器を構えて息を吹き込んだ。


 アルフレッドがそのまま演奏しているような、そんな音を思い描く。そこに、徐々に自分らしさを足しながら、ただ歌う。この音がアルフレッドに届いて、心を揺さぶってほしい。アルフレッドにこの想いが届けばいい。


 気がつけば私はアルフレッドに向けてそのソロを演奏していた。どうしようもなく好きで、その想いを音に乗せて私はソロを吹ききった。


「はい。……メアリー、君の意見は?」


 カミーユはまず木管リーダーであるメアリーに意見を求めた。その名前を聞くだけでドキリとするけれど、今は考えるのはやめようと目を閉じる。いつも自信に満ち溢れているメアリーにしては珍しく少しの間を空けてから口を開く。


「技術的にはコットンです。音の伸びが良く、高音が響く。ただ……」


 そこで言葉を濁したメアリーは私に視線を合わせた。


「うん、ありがとう、メアリー。僕も同じ意見だ」


 メアリーに最後まで言わせることなく、カミーユが言葉を引き取って私を見る。


「シエラの演奏は心に残った」


 そう言って目を細めて微笑む。


「技術的には拙い部分もあるのに、歌うようなその演奏はいつまでも聴いていたくなる。音に色気が混じっていて、この部分の演奏にはぴったりだ。シエラは作曲者がこのメロディに込めた意味を知っている?」

「……いえ」


 私は正直に答えた。


「この曲は世界旅行の曲だ。賑やかな街から出発し、別の街へと旅立っていく。ここのトランペットソロとクラリネットソロの部分はその繋ぎ目だ」


 カミーユはどこか嬉しそうな顔をして続ける。


「ここはね、故郷の街に愛する人を残していく場面なんだ。もちろん最後には再会するのだけど、しばらくの別れとなる。この曲が作られた当時は世が荒れていて、旅行は危険を伴うものだった。自分の命をかけてでも旅立つ男性を女性が心配しながらも見送る。そんな愛のメロディなんだよ」

「愛の……」

「シエラの演奏からそんな苦しい程の愛が伝わってきた。このソロに相応しい演奏だ」


 こっそりと込めたはずの想いをカミーユに言い当てられて恥ずかしい。だけど、それと同じくらい伝わったことが嬉しかった。


「シエラ。クラリネットソロは君だ」

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