聖夜祭2
屋台で食料を買い込んだ私達は通りを抜けてオズ楽器店へ向かっている。人混みが嫌いなアルフレッドが「店で食べよう」と、言ったから。
人通りが少なくなっても、アルフレッドの手はしっかりと繋がれたままだった。
「楽しかったー! 聖夜祭!」
「ちょっとしかいなかったのにか?」
「十分だよ! だって、こんなに美味しそうなものいっぱい買えたし! それに、屋台飯を座って食べられるなんて、最高の幸せだよ」
「やっすい幸せだな」
アルフレッドは呆れたように微笑んだ。
「今日、凱旋パレードがあったなんて夢みたい! 一日が二日分あるみたい!」
くるくると回りたくなるくらい幸せな気分だ。アルフレッドと手を繋いでいるからしないけど。
「やっぱり吹奏楽っていいね! たくさんの楽器と一緒に音楽の一部になれるの、大好き!」
「元気なやつだな」
アルフレッドは呆れた声を出しながらも、顔は笑顔だ。初めて出会った時はこんなに笑ってくれるなんて、思ってもみなかったな。
「これから先は定期演奏会の練習が始まるんだから、気を引き締めろよ」
「うん! 楽しみだなー!」
「本当にわかってるんだかな」
今の私にはクラリネットがあって、アルフレッドもいる。それってなんだか最強だなって思うんだ。
お店に着くと、私達は冷めない内に屋台飯を食べ始める。
「んーっ! このワイルドな感じ! 屋台っぽくて美味しい!」
私はまず串刺しの肉にかぶりつく。この素材の味を活かしたところがいかにも屋台って感じで美味しい。家ではお金持ちだからか、どこか気取った料理が出てくるので、こういうご飯は嬉しかった。
「お前、本当にウィドウ商会のお嬢様なのかねぇ」
「うっ……いいじゃん、美味しいんだもん」
そんな風にアルフレッドと他愛のない言葉を交わしながら屋台飯を次々と食べていった。
ご飯を終えるとだいぶ時間が経ってしまっている。少し休憩したら家に帰らなくてはならない時間だ。その前に、と、私は鞄から用意しておいた箱を取り出した。綺麗に包装されたそれを、
「はい!」
と、アルフレッドに差し出す。
「聖夜祭のプレゼント!」
「あ……どうも」
アルフレッドはプレゼントを受け取ると早速包みを剥がす。丁寧な手つきで包みから取り出した箱を開けると、
「お」
と、アルフレッドは悪くないリアクションをして中のものを取り出した。
「手袋だよ! 寒いのに着けてなかったから、持ってないかと思って」
「ああ、持ってない」
藍色の手袋は思っていた通り、アルフレッドによく似合っている。女子力が高ければ手編みで作ったんだけど、不器用さも前世から持ってきてしまったようでできなかったので、お店で選んで買った。
「冬は手がかじかむでしょ? 手が温まるまで楽器吹きにくいから」
「そうなんだよな。だから、ほしいとは思ってた」
「よかった」
喜んでいるのかわかりにくいアルフレッドではあるけれど、着けた感触を確かめたり、何度も見ている雰囲気からして、どうやらいらないものではなかったようだと胸を撫で下ろす。
「シエラ。楽器組み立てろ」
「へ?」
手袋を外したアルフレッドが突然そんなことを言い出すから、私は面食らう。
「そろそろ帰るよ?」
「いいから黙って組み立てろ」
いつもの強引な口調のアルフレッドはそう言い残すと店の奥に消えていく。一曲合わせたいのかな? などと予想をして、私は楽器を組み立てた。
最後にリードを充てがうだけ、というタイミングでアルフレッドが戻ってくる。
「ほら」
雑な手つきで押し付けられるように渡されたのは、三本のリードだった。
「リード?」
「吹いてみろ」
元の椅子に座って前のめりに私を凝視するアルフレッドは何も説明するつもりがなさそうなので、私は言われるがまま一本のリードをマウスピースに付けて息を吹き込んでみた。
いつも通り、吹きやすいリードだ。オズ楽器店のリードは、もはや私のお気に入り。
「いい感じだよ」
「そうか」
いつも買っているというのに、アルフレッドはホッとした表情を浮かべた。
「リード売ってくれるの?」
「いや、お前にやる」
「くれるの?」
流れ的に聖夜祭のプレゼントなのだろうか。それともこれもボーナスの内?
「そのリードは売り物じゃねえ」
「? どういうこと?」
アルフレッドは言いにくそうにしてから、
「……俺が作った」
と、絞り出すように口にした。
「!? これ、アルフレッドが!?」
「だからそう言ってんだろーが」
照れているのだろう。荒い口調のアルフレッドが肯定した。
「すごい! すごいよアルフレッド!」
私はまさかこのリードがアルフレッドの作ったものだと思わなかったのでびっくりだ。いつも買うものと遜色ない出来だったので、まったく気がつかなかった。
「とってもいいリードだよ! これなら売り物になる!」
「いや、まだまだだよ」
素直に褒めたのに、アルフレッドはトランペットを褒めた時とは違って苦い顔をする。
「それを作るまでにだいぶ木を無駄にした。もっと安定して作れるようにならねえと、売り物にはできないな」
「そうなんだ……」
でも、アルフレッドは作ったリードを私に吹かせてくれた。いつか「アルフレッドのリードが吹きたい!」と、頼んだことを覚えていてくれたのだろうか。アルフレッドの想いがこもっているかと思うと、このリードがすごく大切なものに思えてくる。
「まあ、一応使い物にはなるみたいで良かったよ」
「うん! すごくいい感じだよ! しっくり来る!」
「そうか」
「もしかして、アルフレッドが作ったリードを実際に使ってみたのって私が初めて?」
「まあ……そうだな」
アルフレッドの作ったリードを初めて吹いたのが私だなんて、ますます嬉しくてニヤニヤしてしまう。すると「笑うな」と言って頭をぐりぐりされる。
「アルフレッドならこれから安定して作れるようになるよ!」
「だといいけどな」
「アルフレッドなのに随分弱気だね」
「うるせえな」
コツン、と頭を叩かれた。
「このリード、大切にするね! とっておきの時に使うから!」
「普段から使えよ。じゃなきゃ、持ちがいいかどうかとかわからねえだろ」
「そっか……でも、もったいないな」
三本のリード。アルフレッドが初めて人にあげたリード。聖夜祭にくれた、たぶんプレゼント。私にとってはすごく大切なものだから、引き出しにでもしまっておきたいくらいなのに。
でも、使われるために生まれてきたリードなので、やっぱり使ったほうがいいよね。
「そんな顔すんなよ」
情けない顔をしていたのだろうか、アルフレッドが椅子を近づけて私の頭を今度は優しく撫でる。
「また作ったらやるから」
「……本当に?」
「ああ」
これからもくれるんだ! そうわかると嬉しい。
「でも、やっぱり次からはお金払うよ」
「いいっつってんのに」
「ダメだよ! アルフレッドの時間が込められてるのに、そんなタダでもらうなんて!」
アルフレッドは楽器屋さんだ。だから、何もお礼なしにもらうなんて私が耐えられない。
「……じゃあ、金じゃなくても、何か礼をもらえばいいか?」
「うん、アルフレッドがそれでいいなら」
本当はお金を払いたいところだけれど、プロとして許せないなら、そこで妥協しようと思う。
「何したらいい? お店のそ……」
掃除とか、と言いかけた私の唇に、素早く近づいてきたアルフレッドの唇が触れる。頭が真っ白になった私は目を大きく開けて固まった。
アルフレッドの熱い唇はすぐに離れる。
「これでいい」
ニヤリと笑ったアルフレッドの言う「リードのお礼」がキスのことだとわかった私は顔に熱が昇っていくのを感じた。火が出そうなくらい熱いし、今更ながらすごくドキドキしていることに気がつく。
「こ……」
それはこれからもリードをくれる度にキスをするっていうこと? って聞こうとしたけれど、上手く舌が回らない。そんな私を見てアルフレッドはぷっと吹き出した。
「ごちそうさま」
そんな色香漂う顔でそんなこと言うなんてずるい。私はもうどうしようもなくて、唸りながらアルフレッドの胸の中に顔を埋めるのだった。
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