聖夜祭1

 凱旋パレード当日。私は充実感のある疲れを感じながら会場に向かった。広場に着いて準備をしていると、不思議と団員からの視線を感じる。


 視線があるのはもう慣れてきたのだけれど、今までとはちょっと違った種類の視線なような気がした。なんというか、悪意が少し減った?


「お、ちゃんと来たか」


 そこへアルフレッドが声をかけてきてくれた。普段から変わらない様子に私はほっとする。


「アルフレッド。昨日はありがとう」

「ふん。せいぜい今日も失敗しないようにするんだな」

「疲れもほとんど残ってないし大丈夫! アルフレッドこそ、失敗しないでね」

「は? 誰に向かって言ってる? 俺が失敗するわけねえだろ」


 アルフレッドはいつもの自信満々な笑顔で私の頭を軽く叩いた。そして「じゃあな」と、私に声をかけてから自分の席へと去っていく。


 今日は凱旋パレードが終われば聖夜祭、アルフレッドとのデートだ。そのためには今日を無事に乗り切ろう。私は改めて気合を入れ直した。




 本番は滞りなく終わった。凱旋パレードはお偉い方の話が長く堅苦しいものだったけれど、演奏で華やかさを出せたと思う。演奏も特に失敗せずに終わり、私を外へ出そうとするものもいなかった。


 青空の下での演奏は気持ちがいい。吹奏楽の一人として演奏することができて、とても楽しかった。頑張って勝ち得たもの。私一人では辿り着くことのできなかった感動だった。




「お疲れ様」


 凱旋パレードが終わり、晴れ晴れとした顔のカミーユが私達を称える。


「とても良い演奏だった」


 カミーユにそう言ってもらえると嬉しい。私達もみんな笑顔。その顔には充実感が滲んでいる。


「それじゃあ今日は解散だ」


 手早く片付けて解散だ。ざわつく楽団員の中から、私は一番会いたい人を探す。


「シエラ」


 その人は人混みの中を真っ直ぐに私の方へ歩いてきた。


「アルフレッド」


 一緒に出かけるということは、聖夜祭を一緒に過ごすということ。私という嫌われ者が誰かと、しかもアルフレッドと過ごすなんて、団員から注目が集まっていた。それに気がついてか、アルフレッドも照れたように頭を掻く。


「行くか」

「うん」


 私達は二人で並んで会場を後にした。




「うわーっ!」


 街はすごい熱気に包まれている。手を繋いで歩くカップル、屋台へ呼び込みをする店主、屋台から立ち昇る美味しそうな湯気、笑顔の家族。


 アルフレッドの言っていた「すげー人」というのは誇張ではなかったらしい。この街のほとんどの人間が外に出ているのではないかと思うほどの賑わいだ。


「すごいね、アルフレッド!」

「ああ、今日だけで一体いくら儲けるんだろうな」


 やっぱりアルフレッドは店視点らしい。そんなムードに欠ける発言をするアルフレッドだけど、一緒に聖夜祭を歩いていることが私にとっては特別だ。


「可愛いね」


 ちらほらと見られた食事の屋台を通り過ぎ、今は雑貨が売っている屋台のエリアに入っている。可愛らしい天使の置物や、キラキラとしたアクセサリーなどが並んでいた。フリーマーケットのような雰囲気にワクワクするけれど……


「でも、お腹空いたなぁ」


 私はお腹をさする。パレード前もろくに食べていなかったし、安心したらお腹がペコペコだ。そんな私を見てアルフレッドはぷっと吹き出した。


「お前、女のくせに食い意地張ってんな」

「だって! 私の栄養はクラリネットに持ってかれちゃったんだもん!」

「まあ、俺もその方がいいけどよ」


 アルフレッドは目を細めて微笑む。


「じゃあ食べ物が売ってる方へ行くか」

「場所わかるの?」

「お前なぁ、俺が何年この街に住んでると思ってんだ」


 それはそうか。初参加の私とアルフレッドは違う。去年までのシエラ・ウィドウもこうして聖夜祭に参加していたのだろうか。


「ただ、食べ物が集まってるところは人が多い。はぐれんなよ?」

「う、うん。気をつける」


 私の身体は前世と同じく平均身長よりもだいぶ低いみたいなので、人がたくさんいるところだと周りが見渡せなくなってしまう。前世でも、夏祭りで友達とはぐれてしまったことを思い出した。


 街をよく知るアルフレッドは、路地を歩いて人混みを上手く避けて移動してくれているようだ。しばらく歩くと、ざわざわと人の声が大きくなってくる。それと同時にお肉の焼ける匂いもしてきた。


「いい匂い~!」

「ここを抜けたら目抜き通りに出るぞ」

「じゃあご飯食べられるね! 何食べようかなー!」


 私が思い浮かべる屋台といえば、たこ焼きや焼きそば、りんご飴などなど、日本のものになってしまうけれど、この世界ではどんな屋台が待っているのだろう。ついスキップしたくなってしまった。


「お前なぁ……」


 ちょっとステップを踏んだくらいなのに、アルフレッドに呆れ顔を向けられてしまう。


「この前こけそうになったの忘れたのか?」

「あ……そうでした」


 あの時はアルフレッドに助けてもらったんだったっけ。


「危なっかしいやつ」

「ご、ごめんなさい」

「……しょうがねえなぁ」


 アルフレッドはポリポリと頭を掻いてから、私に向けて手を出してきた。


「?」

「……手」

「うん?」

「……」


 ムッとした表情のアルフレッドは、その行動の意味を瞬時に理解することができなかった私の手を取ってぎゅっと握る。


「!」

「はぐれたり転ばれたりしたらめんどくせえだろ」


 そう言って顔を背けるアルフレッドの耳が僅かに赤かった。


「……ありがとう」

「ああ」


 アルフレッドの手が熱い。いつもトランペットを吹いているすらっと長い指が私の手を包んでいる。


 う、うわー!!!


 叫びたくなるところをぐっと堪えた。すごくドキドキする。アルフレッドがこんなことしてくるなんて思ってもみなかったし、何だか恋人同士みたい。


 アルフレッドの耳の赤さより、私の顔のほうが赤いんじゃないかと思うから、アルフレッドが顔を背けてくれていてよかったなって思う。


 通りに出ると、本当にすごい人。だけど、アルフレッドがちゃんと手を繋いでいてくれるので、私は屋台を見ることに集中することができる。


 串に刺さったお肉やお魚。野菜スティックなんていうヘルシーなものもあるし、焼き菓子も多数。何から食べようかとキョロキョロしてしまう。その中で、私は一つの屋台の湯気に吸い寄せられる。


「わ! スープだ!」


 赤い色のスープに野菜と魚介がごろごろと浮かんでいた。屋台にしては凝っていると言っていいと思う。店主は私を見てぎょっとした顔をしたが、私と手を繋いでいるアルフレッドの存在に気がついて、さらに目を丸くしている。チラチラと見てはいるが、もう嫌な顔をしなくなった。


「食うか?」

「うん!」

「じゃ、一つ」


 アルフレッドは店主にそう告げて、自分の財布を取り出す。


「あ、私が……」

「いいよ、今日は」

「で、でも……」

「ま、いつも働いてもらってるからな。今日はボーナスみたいなもんだ」

「ボーナス……」


 前世で会社員だった私にとって、とても魅力的な響き! アルフレッドがそう言ってくれるなら、素直に甘えることにした。


「ありがとう」

「おう」


 スープを受け取った私達は再び路地に入って壁にもたれながら飲むことにする。


「んー美味しい! 魚介の出汁がすごい!」

「お前、歳の割に渋いこと言うな」


 アルフレッドが笑顔を見せた。心なしか今日のアルフレッドは笑顔が多いような気がする。


「美味しいよ、はい!」


 スープを渡すと、アルフレッドは一瞬躊躇ってからそれを受け取って、口をつけた。あ、これはまさか間接キスというやつでは──!?


 そう思うと、アルフレッドを急に意識してしまう。ただスープを飲んでいるだけなのに、なんだか色っぽく見えるというか。


 睫毛長いな。瞳の色も綺麗だし、やっぱり何度見てもイケメンだ。


「うん、美味いな。って……」


 じーっと見すぎていたらしい。アルフレッドが私の視線に気がついて眉間に皺を寄せる。


「何だよ。毒でも入れたか?」

「い、入れてない! 入れるわけないじゃん!」

「本当か?」


 疑うアルフレッドが急に顔を寄せてきた。ちょ、ちょっとそんな至近距離! 私の頭はパンク寸前だ。


「ま、いいけど」


 あっさりと顔の位置を戻したアルフレッドを少し残念に思う私は、もう重症なのだと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る