楽しみです
アルフレッドと聖夜祭の約束をした。それ以降、アルフレッドと顔を合わせてはいるけれど、様子は普段と変わらない。特別避けられているようにも見えなければ、恋人のように扱われているわけでもない。
誘ったからと言ってはっきりと告白をしたわけではないのだから、恋人ではないのは当然だ。聖夜祭は好きな人と巡るもの、ということをアルフレッドが意識しているかどうかもわからない。
だけど、アルフレッドは常識人なので、知らないはずはないという気もした。それならば、アルフレッドも私のことを悪くなく思っている。少なくとも嫌われてはいないはず。
そう判断してもいいのか悶々とするけれど、コンサートの日は近づいているし、そのことはひとまず置いておくことにした。
とにかく、今は変わらずにアルフレッドの側にいられる。そのことを噛み締めながら練習に力を入れる。
『森の精霊』の譜面は演奏会の2日前に完成した。確認しながら完成させた譜面だったので、アルフレッドの演奏も完璧だ。私は誰かとまた『森の精霊』を演奏できることが嬉しくてたまらない。
そんな中、アルフレッドがいない隙を狙って私はカミーユに小声で話しかける。
「カミーユ」
「シエラ、何か質問?」
「あのね、」
私は店で閉店作業をしているアルフレッドに話を聞かれていないことを確認してから、
「私、アルフレッドを聖夜祭に誘ったよ」
と、カミーユに顔を寄せて報告した。
「おめでとう、シエラ。一緒に行けて良かったね」
「うん、それで返事は……って、何で知ってるの!?」
笑顔のカミーユはすべてを知っていたみたい。
「アルフレッドに聞いた?」
「いや?」
「じゃあ何で……」
「アルフレッドが断るわけないじゃないか。シエラはアルフレッドのこと、全然わかってないんだから」
「だけど……」
「シエラは鈍いなぁ」
カミーユから哀れなものを見るような目線をいただく。
「鈍いって……まさか」
「それは本人に聞いてみなよ。僕からは言えない」
鈍いってことは……? ま、まさかね。
「それでね、カミーユに聞きたいことがあるの」
「何だい?」
「聖夜祭ってプレゼントとか用意する?」
クリスマスといえばプレゼントを用意するのが定番だ。似たイベントの聖夜祭も用意するのが普通なのかどうか、聞ける人はカミーユしか思いつかなかった。
「そうだね、そうする人が多いんじゃないかな」
「やっぱり!」
聞いておいてよかった。用意するのが普通なのに用意していなかったら、アルフレッドを傷つけることになっちゃうし。
「別にアルフレッドはなくても怒らないと思うよ」
「ううん、用意する。実は目をつけてるものがあるの」
プレゼントするならなんだろう、ってここ数日アルフレッドの身の回りを観察していた。だから、買うものは決めている。
「ありがとう、カミーユ! 早速、明日買いに行くわ!」
「よかったね」
「カミーユのおかげだよ」
カミーユに発破をかけられなければ、誘うこともできていなかったかもしれない。だから、本当に感謝している。
「おい」
後ろから声がかかって、身体をびくっと震わせる。振り返ると、心なしか機嫌の悪そうなアルフレッドの姿があった。
「何の話だ、シエラ」
「え? あ、えっと」
話を聞かれてはいなかったみたいだけれど、やっぱり何か怒っているみたい。何かしちゃったかな……
「ふふふ、ごめんね、アルフレッド。ヤキモ……」
「うるせーよ、カミーユ。ほら、もう店は閉めたからさっさと帰れ。シエラ、買い物行くぞ」
カミーユが何か言いかけたけど、それを遮ったアルフレッドは私の腕を強く引いて外へと連れて行ってしまう。
「わっ! じゃ、じゃあまたカミーユ!」
「二人共またね」
笑顔で手を振るカミーユに別れを告げて、私はアルフレッドと共に店を出た。アルフレッドは外へ出たところでようやく私の腕を離してくれる。
「アルフレッド?」
「……んだよ」
「何か怒ってる?」
「怒ってねーよ」
「嘘だ。私何かした?」
「うるせーな、黙ってろ」
ご機嫌斜めのアルフレッドは答えてくれるつもりがないみたい。だけど、こうして一緒に出かけられるのは嬉しかったりして。
「あ! 見てアルフレッド!」
街はどんどん聖夜祭の飾りが増えている。色とりどりのオーナメントがお店や家に飾られるこの感じ、クリスマス前のイルミネーションを思い出す。ただでさえオレンジ色の光に包まれるこの街の夜の風景が好きなのに、さらに可愛くて見ているだけでも心が躍る。
「可愛いねぇ」
「そうか?」
「うん! 何かワクワクしちゃうね!」
軽くスキップをしながら『ジングルベル』を口ずさむ。
「んだよ、その変な曲」
アルフレッドは文句を言いながら少し笑った。
「っと!」
はしゃぎすぎて石畳に足を取られた。バランスを崩した私の腕をアルフレッドが取って強く引き上げる。
「っぶねーな」
「ご、ごめん!」
体勢を立て直した私はアルフレッドに謝って、今度はスキップするのをやめてちゃんと歩く。一瞬触れたアルフレッドの身体は温かい。だいぶ寒くなってきたし、本当はもう少しくっついていたいな、なんて思うけど、恥ずかしくてそんなこと言えないからすぐに離れた。
「ったく、聖夜祭が思いやられるぜ。すげー人なんだからな」
「うん、気をつけるよ」
「信用ならねえな」
すっかり信用をなくしたらしく、アルフレッドに白い目で見られてしまう。
「お前、俺がいなかったら人混みにもみくちゃにされて屋台にも辿りつけなさそうだよな」
「そ、そんなことは!」
「どうだかな」
アルフレッドはいつの間にか機嫌が直ったらしい。私に文句を言いながらも楽しそうに笑った。
あれから一度も聖夜祭の話はしてこなかったけど、本当に一緒に行けるんだなぁ。アルフレッドと一緒の初めての聖夜祭。
「楽しみだな」
「そうかよ」
アルフレッドに向けてえへへ、と微笑むと、アルフレッドは少し恥ずかしそうな顔をして私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。
演奏の準備をしながら、私は一度家に戻る必要があった。みんなに無償で提供するために家にある洋服などを持ち出す必要があったからだ。両親がいない時間を見計らって私はこっそりと家に戻った。
自分の意志で家を出たけれど、本音を言えば反対されたままというのは嫌だ。家を飛び出してきた時は頭に血が昇っていたけれど、冷静になって考えてみると、やっぱり認めてもらいたいという気持ちが出てきた。
だから、荷物を持って家から出る時に、私は演奏会のチラシと手紙を置いた。来てくれるかはわからないけれど、私の演奏をもし聴いてくれたならば、気持ちが変わるように頑張りたいと思う。
他の曲の練習も進め、いよいよ演奏会前日。私は閉店後のオズ楽器店でアルフレッドとの最終確認を終えた。
「大丈夫かな、明日」
「んだよ、珍しく弱気だな。らしくねえ」
私の頭をアルフレッドが軽く叩く。あれから毎日アルフレッドの部屋で寝泊まりさせてもらっている。だんだんと慣れてきて眠れるようにもなってきたけれど、店を閉めて二人きりになった時は、まだ少し緊張する。
「何だかんだ言って、一人きりで演奏したことってないからね……」
夕食の食材を買いにアルフレッドと一緒にお店を出ながらそんな不安を零す。日本でもアンサンブルと言って、少人数での演奏はしたことがあるけれど、それでも私の他に三人はいた。
明日はアルフレッドと二人で演奏する曲もあるけれど、一人で演奏する曲もある。一本のクラリネットでどこまで音楽を伝えられるのか不安はあった。
「失敗したらダイレクトに伝わっちゃうし……」
私を憎んでいる人達に届く演奏ができるかどうかも、本当を言うと不安だ。一言不安を口にすると、その気持ちがどんどんと膨らんでくる。楽器にブランクがある私が、どこまでやれるのか──
「ふにっ!?」
突然アルフレッドに両頬を摘まれて、思考が遮断される。
「ふぁにふるのよ、はるふへっど!」
「グチグチグチグチ、鬱陶しいんだよ」
眉間に皺を寄せながら私の頬をむにむにと摘むアルフレッド。
「お前はもうその存在自体が変なんだから、今更何も失うもんはねーだろうが」
「ひ、ひど……」
「それに」
真剣な顔のアルフレッドが私のことを覗き込む。
「入団試験の時、お前はクラリネット一本で『森の精霊』の世界を見せやがった。俺達にもっとも強い印象を植え付けたのはお前の吹いた『森の精霊』だ」
「……そうなの?」
入団試験の後もアルフレッドは私の演奏について何も言わなかったし、そんな風に思っていてくれたなんて知らなかった。
「お前の音楽が好きだって気持ちが馬鹿みたいに伝わってきやがる。逆に、お前からそれを取ったら何が残る? ただの下手くそだろうが」
酷いことを言われているのか、褒められているのかわからなくなる。だけど、アルフレッドからの応援の気持ちは確かに伝わってきた。
「だから、お前はいつものようにお前の音楽を伝えりゃいいんだよ」
「うん……」
そこまで言うとアルフレッドは私の頬から手を離してふいっと前を向いてしまう。その照れたような横顔を見ながら、
「ありがとう」
と、伝えた。
「ふん、最後は俺が一緒に演奏してやるんだ。せいぜいそこまでしっかりやるんだな」
「……うん」
私のことを嫌いな人間ばかりがいるこの世界で、アルフレッドの優しさが身に沁みる。その横顔を見ているとトクンと胸が鳴った。
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