お誘いは緊張します

「……おい、シエラ」


 夜も遅くなったので、カミーユは帰っていった。その後で、アルフレッドが、不機嫌そうに私に声をかける。


「何だよお前さっきから人をジロジロ見て」

「へ?」


 予想していなかったご指摘をいただいて、私は素っ頓狂な声を出してしまう。


「何か言いたいことがあるならさっさと言え」


 その言葉でようやく理解した。私、聖夜祭のことをアルフレッドに聞こうと思って、機会を伺ってたんだ。それが予想以上にジロジロ見つめる結果となってしまっていたらしい。


「ああ、えっと……」


 聞こうと思ってはいたけれど、まさか向こうから仕掛けてくるなんて。まだ心の準備ができていない。でも、この間にもアルフレッドは不機嫌そうに私を睨んでいる。


「コンサートの次の日って、聖夜祭なんだって?」


 ひとまず私はその事実を確認してみた。


「ああ、そうだな。もしかしてお前、記憶喪失だからどんなもんか覚えてねえのか?」

「うん」


 ようやく眉間の皺を減らしてくれたアルフレッドが説明してくれる。


「街はそろそろ飾り付けが始まって、当日はどの店も特別メニューやらを出しやがる」

「へー、すごい盛り上がるんだね」

「そうだな。店にとっちゃ、一番のかき入れ時だからな。すげーぞ」

「へえ」


 どうやらアルフレッドは店目線で話しているらしい。


「オズ楽器店は何かしないの?」

「うちか? しねーな。飲食店じゃあるまいし」

「なるほど」

「もしかして、店番のこと気にしたのか?」

「あー、ううん。そうじゃないんだけど」


 アルフレッドの予定が知りたい、だなんて聞きにくい。そもそも、もし私が「聖夜祭、一緒に過ごしたい」だなんて言ったら、告白したも同然になっちゃうよね?


「じゃあなんだ? そんなことが聞きたかったわけじゃねえだろ?」


 うっ、アルフレッドってば、変なところ鋭いんだから。私は観念して、予定を聞いてみることにする。


「アルフレッドは毎年聖夜祭の日はどう過ごしてるの?」

「あ? どうだったかな……」


 アルフレッドはがしがしと頭を掻く。


「去年はカミーユと飯食いに行ったりしてたかもな。それが何か?」

「いや、ただ聞いてみただけ」


 少なくとも去年は恋人がいなかったことが判明! 少し安心する。アルフレッドってこんなにイケメンなのに、ずっと恋人いなかったのかな? 無愛想だから? 


 でも、もしかしたら、今年は誰かに誘われたりするのだろうか。そうしたら、アルフレッドはその誘いを受けるのだろうか。


「何だよ、難しい顔して」


 もやもやとしていると、アルフレッドに眉間をぐりぐりと押される。


「うーっ」


 アルフレッドは私が誘ったらどうするのだろう。


「何だよ。言いたいことがあるならはっきり言え」


 そんなに顔に出ているのだろうか。アルフレッドに発破をかけられてしまう。よし、どうにでもなれ、だ! 後悔だけはしたくないし!


「アルフレッドは今年はどうするの? 聖夜祭の日」

「ん? 別に決めてねえな」


 まだ誰からも誘われてないみたい。私はそのことに安堵する。


「そっか」

「……それが何か?」

「あ、ううん。いいの」


 とりあえずアルフレッドに予定がないことはわかった。今予定がないっていうことは、少なくとも今も恋人とかはいないってことだよね?


 私はアルフレッドを見上げる。もう少し聖夜祭についてリサーチしてから改めて誘おう。「何でお前と過ごさなきゃならないんだ」とか言って断られてしまいそうだけど。


「……ふんっ」


 アルフレッドは私の頭にボンッと一度自分の手を置いてから、店の奥に戻っていく。よし、聖夜祭も頑張るぞ! その前に演奏会の練習だ!




 コンサートまで時間がないので、使える時間をフルで使って準備を進めていく。カミーユもオズ楽器店に頻繁に顔を出して『森の精霊』の譜面作成を手伝ってくれている。


 やっぱりカミーユは天才だ。私の下手な歌を聴いてちゃんとした譜面を作ってくれる。記憶が曖昧なところは、前後のメロディから推測して音を作ってもくれた。それを、アルフレッドと一緒に演奏しながら修正していく。


 カミーユに「シエラの記憶力はすごいね。譜面を見たわけじゃなくて、実際にこの曲のバンド演奏を聴いたことがあるみたいに思える。むしろ、シエラもそれに参加していたようだ」と、鋭い指摘があったけれど、それは何とか誤魔化せたと思う、たぶん。


 私を吹奏楽にハマらせたきっかけである『森の精霊』は私にとって大切な曲。コンクール前は通学の時にいつも聴きながら通っていたし、演奏が終わった後でもたびたび聴いていた。だから、こんなに覚えているのだと思う。


 コンサートでは他にも日本の曲を何曲か演奏するつもりだ。演奏してからもう10年くらい経っている曲もあるのに、吹いてみようと試みたら意外と音を覚えているものだった。


 まずは思い出す練習。思い出したら上手く吹けるように何度も反復練習を繰り返す。


 そんな調子で練習はどんどん進んでいくけれど、私はアルフレッドを聖夜祭に誘えていないままだった。告白するも同然なので断られたらどうしよう、と考えると口に出せないのだ。


 断られることは落ち込むだけでまだいいとしても、アルフレッドとの関係が気まずくなったらそれが一番怖い。何しろ私達は今一緒に住んでいるわけだし、仕事でも一緒だし。そんなに長い間一緒にいる相手と気まずくなってしまったら、アルフレッドにも迷惑がかかる。


 いろいろと考えると踏み出せなくて、どんどん時間だけが過ぎていく。そんな時、練習が終わって帰ろうとするカミーユがこんなことを言い出した。


「この前それとなく聞いたけど、まだアルフレッドを聖夜祭に誘ってないみたいじゃないか」

「!」


 どういう流れでそれを聞いたのか問いただしたいところではあるけれど、胸のもやもやを言い当てられたようで言葉に詰まる。


「何で誘わないの?」


 もう一度尋ねられて、私は目を伏せた。


「怖くて。断られたらどうしようって……一緒にお店で働いているのに、アルフレッドと例え恋人になれなくてもこれからも一緒にいたいのに、関係が変わったらどうしよう、って……」


 はっきりと断られたら、私は今まで通り振る舞えるのだろうか。


「はぁ、情けないね、シエラ」


 カミーユはきっぱりとそう言ってわざとらしいため息をつく。


「振られたから何だい? 僕なんてメアリーに何度聖夜祭に誘っても断られ続けてるんだよ? それでも毎年誘ってる。今年も誘って見事撃沈したけど、それが何だって言うんだい?」


 今年もダメだったのか。カミーユの勇気はすごい。だけど、私は──


「言わなきゃ何も始まらないよ。後悔してもいいの?」


 後悔。その言葉に私は反応する。


「シエラも僕と同じ人種だと思っていたけどね。何度振られてもへこたれない。違う?」


 前世で死んだ時、私はもう一度吹奏楽をやらなかったことを酷く後悔した。いつ人生が終わるかわからない。次の人生は後悔しないように生きよう、そう思ったことを思い出す。


「このまま誘わないんだったら、今年も僕がアルフレッドを誘うからね」


 カミーユは私にそう言った。私もがたっと音を立てて立ち上がって、


「ちゃんと、誘う!」


 と、宣言した。


「そっか、頑張って」


 カミーユは笑顔でエールをくれると、


「本当は男から誘うものなんだけどね。アルフレッドは厄介な性格してるから」


 と、つぶやきながら去っていった。


 アルフレッドが戻ってきたら誘う。考えただけで緊張する。だけど、もう後悔はしたくない!


「よし! 言うぞー!」


 黙っていると不安に押しつぶされそうなので、自分を奮い立たせるためにも大声を上げた。


「おい」

「うわっ!?」


 後ろから声をかけられて私は飛び上がる。そこには眉間に皺を寄せたアルフレッドが立っていた。


「お前、一人でもうるせえやつだな」

「うっ、これは理由がありまして……」


 急にアルフレッドが現れて緊張が加速する。でも、もう逃げたくないと、アルフレッドの前に仁王立ちをした。


「アルフレッド!」

「んだよ」


 呆れ顔のアルフレッドに向けて、私は勇気を振り絞る。


「あ、あの、ね」


 振り絞るけれど、言葉が上手く出てこない。まごまごしながら、アルフレッドを見る。


「せ、聖夜祭!」

「あ?」


 アルフレッドに怪訝な顔をされた。


「まだ予定ないって言ってたけど、本当!?」

「……ああ、そうだな」


 すーはーと深呼吸をする。断られるのは怖い。でも、アルフレッドに気持ちを伝えたい。もし、今日私が死ぬとしたら、伝えずに死んだことを、死ぬほど後悔する。


「わ、私……」

「んだよ?」

「私も空いてる! 聖夜祭の日!」


 逃げずにアルフレッドを見てそう言う。アルフレッドは僅かに目を見開いた。


「私と一緒に聖夜祭、ま、回らない!?」


 言った! 言ってしまった!


 アルフレッドは完全に固まった。私からそんなことを言われると思ってなかったのかもしれない。


 恥ずかしくて逃げ出したくてたまらない。だけど、私は逃げずにアルフレッドを見つめ続けた。アルフレッドは後頭部を掻きながら頭を下げたので、その表情が見えなくなってしまった。


 しばらくの沈黙の後、


「俺は人混みが好きじゃねえ」


 と、アルフレッドが声を出す。こ、これは断られる──


 怖くて怖くて、私はぎゅっと目を閉じた。


「だから、長時間はいねえぞ」


 え? 思っていたことと別の言葉が聞こえてきて、私は恐る恐る目を開けると、目線だけ上げたアルフレッドと目が合った。


「メイン通りはすごい人だ。だから、ちょっと見て、すぐ戻る。それでいいなら……」


 コクコクコクと何度も頷く。アルフレッドはそんな私を確認すると、


「じゃあ、コンサートの打ち上げも兼ねて行くか」


 と、言って、私に背を向けて店の奥へ引っ込む。その耳が僅かに赤くなっているのを確認して、私は誘いが成功したことを悟った。

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