ごめんなさい
翌日の夕方。「ついていこうか?」と、言ってくれたアルフレッドを断って、私は一人で学校へ向かっている。場所は当然知らないので、地図を片手に。
あまり眠ることはできなかったけれど、髪の毛が軽くなって心なしか気分も軽い。街行く人は幽霊でも見たかのような顔で私のことを見るけれど。
学校につくとコットンから教えてもらった一階の突き当りまで歩く。そこが上級生の部屋なんだとか。昨年までコットンもこの学校に通っていたらしい。
ざわざわと女子生徒たちの楽しげな笑い声が聞こえる。シエラも一年前にはここにいたはずだ。彼女にとっては辛い思い出だったのかもしれないけれど。
ふーっと深呼吸をしてから扉をノックする。今は日本で言う授業後のHR前の時間というやつらしい。コットン曰く謝るならこの時間だろう、と。
扉を開けて中に入ると、ある一人の女生徒がすぐに私に気がついた。
「シエラ……!」
その声でざわつきが収まり、一斉に視線が私に集中する。その視線はどれもこれも驚きに満ちていた。髪の毛を切ったから、こんなに驚いているのかもしれない。
「ごめんなさい!」
私は壇上まで歩いていって思い切り頭を下げた。
「許していただけるとは思っていません。だけど、今まで私がしたすべて、皆様を傷つけてしまったということについて、心から謝罪いたします。申し訳ございません!」
身体を九十度以上に曲げて謝罪する。本当にごめんなさいの気持ちを込めて。
クラスはしーんと静まり返っている。何か罵声が来ると覚悟していたのに、今のところそれもない。
「シエラ……?」
扉の方から声がして顔を上げると、そこには先生らしき白髪の混じった女の人が立っていた。
「その髪の毛……」
「昨日切りました。これで許していただけるとは到底思っていませんが、お詫びの気持ちも込めて、そうしたかったのです」
先生もポカンと口を開けて私を見ている。
「先生も、本当に申し訳ありませんでした。多大なるご迷惑をおかけいたしました」
私は先生にも頭を下げた。
「まさか、この学園に戻ってくるつもり……?」
生徒の一人からそんな声があがる。
「いえ、それはいたしません。もう一度私と一緒に学校生活を送るなど、耐え難い苦痛かと思いますので」
さっきまでの楽しそうな笑い声を壊したくない。この世界について学びたいことはあるけれど、それは独学で学ぶことにしようと思う。
「許せない……!」
別の生徒から声があがった。その女生徒は泣きながら私を睨みつけていた。
「貴女にされたこと、一生忘れない! こんな風に突然いい子ぶって謝られても、絶対に許せない!」
「そうだわ! みんな、シエラになんて騙されないで!」
非難の声が広まっていく。ズキリと胸が痛んだ。
「本当にごめんなさい」
私はもう一度頭を下げる。私にできることは少ない。一つは謝ること。もう一つは……
「ここに手紙を置いていきます」
私は持ってきた鞄から手書きの手紙、日本でいうならチラシを取り出す。
「七日後、ウィンドホール前の広場で謝罪の会を行います。一つは、今まで買ってきた洋服や靴、宝飾品を無料でお引き渡しいたします」
私の部屋には着ていない豪華な服がアクセサリーが大量にある。それは、お店にご迷惑をかけながら手にしてきたもの。それを一度手放したいと思った。
そして、もう一つ。今の私が謝罪の気持ちを表せるものは──
「その後、無料コンサートを開催します」
女生徒たちに睨まれながら、私は歯を食いしばってなんとか言葉を続ける。
「私はクラリネットを吹いています。王立吹奏楽団にも入りました。考えたのですが、今、私がみなさんに謝罪の気持ちを表せるものは音楽しかありません。なので、もし、お時間が合えば私の演奏を聴きにきていただきたいのです」
「絶対に行かない!」
涙を流している女生徒がはっきりとそう言った。その生徒の髪の毛は、よく見れば他の生徒のものより短い。
「帰って! もう二度と顔を見たくない!」
入団試験の時「死ねばよかったのに!」と、言われたことを思い出した。きっとこの人も同じことを私に思っている。
「本当にごめんなさい。詳細はこの手紙に書いておきましたので……」
「消えて!!!」
女生徒の叫びが場の空気を切り裂いた。その生徒以外には誰も声を発しているものはいない。
「……失礼いたします」
私は手紙を置いて、深々と頭を下げてから教室を後にした。
「おい」
とぼとぼと歩いて校門を出たところで誰かに声をかけられる。顔を上げると、そこにはアルフレッドが立っていた。
「アルフレッド! お店は?」
「まあ……いいだろ」
がしがしと自分の頭を掻きながら、アルフレッドは私を頭の先から足の先まで一通り見回す。
「怪我はしてねえみたいだな」
「あ……うん。それは大丈夫」
きっと心配して来てくれたんだ。そんな優しさにホッとする。
「謝罪は……」
「受け入れてはもらえなかった」
アルフレッドをこれ以上心配させたくないと笑ったつもりだったけれど、アルフレッドの顔は悲しそうに歪む。
「当たり前だよ。わかってたことだから」
気分は重いけれど、アルフレッドがそんな顔をしてくれたおかげで、少し重さが軽減された気がするから不思議だ。
「でも、手紙は置いてきたよ。帰ってコンサートの練習しなくちゃ!」
「それなら店に来いよ。カミーユがいるんだ」
「カミーユが?」
「ああ。お前を手伝いたいんだと」
「カミーユ……」
ここに転移してきた時には考えられなかったことだけれど、こんな私に協力してくれる人が二人もいる。それだけで、私は本当に幸せだ。
「成功させるんだろ? コンサート」
「うん!」
「じゃあさっさと帰るぞ」
アルフレッドにそう言われて、私は笑いながら歩き出すことができる。私、この世界に来てからアルフレッドに甘えてばかりだ。この世界で唯一私に普通に接してくれた人だからっていうのもあるけれど……
アルフレッドの背中を見つめながら私はその存在の大きさを噛みしめる。アルフレッドがいてくれてよかった。アルフレッドがいなかったらどうなっていたかわからない。
口は悪いけれど優しいアルフレッド。そんなアルフレッドといる時間が楽しい。一緒にいて心地が良いし、ドキドキもする。これって──
「おい、お前何ぼさっとしてんだよ」
足が止まっていたらしい。アルフレッドに怒られてしまう。
「ご、ごめん」
慌ててアルフレッドの隣に並んで歩き出すけれど、心臓はドクドクと大きく脈打ったままだ。まさか私、アルフレッドのことが好き……?
「……ねえ、アルフレッド?」
「んだよ」
「アルフレッドもやっぱり髪の長い女性が好き?」
「……はあ?」
突然何言ってんだって顔でアルフレッドが私を見るけれど、私が答えを求めて真剣に見返したら、困ったように頭を掻いた。
「んだよ、突然」
答えてくれるまで逃さない。私はじーっとアルフレッドを見つめる。
「……」
「まあ、別に、俺は」
「……」
「……どうでもいい」
答えをくれるとふいっと顔を逸らされた。どうでもいいってことは、短くても気にしないってことかな?
「ふふっ」
「何笑ってんだよ」
アルフレッドが私の頭をぐりぐりと押す。
「さっきまでじめじめした顔してたくせに」
「へへ」
私は見上げて微笑む。
「演奏会、頑張る!」
「……ああ、せいぜい頑張れよ」
「いろいろとありがとね、アルフレッド」
「ふん、礼は成功させてからにしろ」
「任せて!」
私がそう言って笑うと、
「調子出てきたじゃねーか」
と、言ってアルフレッドもニヤリと笑ってくれたのだった。
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