ドキドキ新生活のスタートです

 アルフレッドが買ってきた食材で簡単な料理を作ると言うから私も手伝うことにした。泊めてもらえる上にご飯もごちそうになるのだ。何もせずに座っているわけにもいかない。


 幸いにも私は日本での一人暮らし経験がある。仕事の日はなかなか毎日とはいかなかったが、節約のためにも作れる日は自炊をしていた。だから、少しはお役に立てるはず。アルフレッドはお嬢様の私に料理なんてできるはずがないと、不安に思っているみたいだけど。


 この国の主食はパンだ。アルフレッドはパン屋さんでハードパンを買ってきていて、そこに生野菜やチーズ、お肉を挟んでサンドウィッチにして食べようとしていたみたい。食後にフルーツも用意されていて、意外と健康志向かも。


 それだけじゃ寂しいかな、と思って、私はスープを作ることを申し出た。アルフレッドに不安そうに見つめられながらも、骨付き肉とハーブと水を鍋に放り込んで火にかける。


 一人暮らしして学んだことその一。汁物には出汁が大事! この世界には簡単に出汁が出る粉末は売っていないみたいなので、大変だけれど、とにかくお肉で出汁を取るしかないと思う。


 じっくり煮込んでいる間に野菜を細かく切っては、火が通りにくそうなものから鍋に放り込んでいく。ちゃんと包丁が使える私を見て、アルフレッドは心底驚いた顔をしていた。


 確かに、家では家事をしてくれる使用人の方が日中来ているので、私はもちろん、お母様も料理をしないらしい。お仕事を奪ってしまうことになるので、もちろんシエラも料理なんてしたことがないと思う。


 何故料理ができるのか、あまり細かく突っ込まれたらまずいので、私は話題を逸らすべく、野菜を切りながらアルフレッドに話しかける。


「アルフレッドも料理するんだね。男の人って料理するイメージがなかったから、意外かも」


 会社の同僚も独身一人暮らしの人なんかは料理はしたことがあるとは言っていたが、そうは言いつつも毎日外食をしていたのを知っている。この世界では料理男子が普通なのかと思って尋ねてみた。


「料理する男なんて、料理人以外だったらほとんどいないだろうな」

「やっぱりそうなんだ?」


 この世界でも料理男子は貴重らしい。


「家を継ぐ人間が多いから、こうして家を出て一人で暮らすなんて珍しいだろ? 兵士だったら寮に入れられて、そこで食事が出るし」

「そうだよね」


 知っている風に話を合わせたけれど、もちろん知らなかった。女だけじゃなく、男も一人暮らしが珍しいなんて!


「俺も使用人がつくくらい金持ちだったらよかったんだがな。生憎、楽器屋はそんなに儲からねえ」

「そうなんだ?」

「暮らしていく分には十分だけどな」


 日々の来店数を見るにお客さんはそう多くはない。楽器人口が少ないということかも。


「じゃあアルフレッドは料理嫌い?」


 話を聞くに、身分が低い人間が料理をすることが多いように感じる。と、いうことは、料理をしている自分を恥じているのではと思ったのだ。


「面倒だとは思うが、別に嫌いってほどでもねえな」


 アルフレッドがそう言って何となく私はホッとした。お金持ちの家の私を妬ましく思ってしまう可能性もあったから。


「私は料理、好きだよ」


 アルフレッドの言うように料理は始めるまで腰が重いが、初めてしまえば楽しい。自分の好きなものが作れるし、味付けだって自分好みにできるから。


「お前は家で料理する必要もないだろうに」

「あ」


 私が料理をできることから話を逸らしたかったのに、自分で誘導してしまっていた。どうしたものかと、とりあえず曖昧に笑ってみる。


「ま、今更驚いたりしねえけどさ」


 意外にもアルフレッドは深く追求せずに笑っただけだ。私の常識外れの行動をいくつも見られているので、いまさら驚くこともないのかもしれない。


 スープもできて、小さなテーブルを二人で囲む。この一人暮らし感が懐かしくて、それだけで楽しい。豪華なお家に豪華な食卓も新鮮でよかったけれど、私にはこういう生活の方が絶対に合っている。


「いただきまーす」


 私はスープを口に含む。うん、我ながら美味しい気がする。お肉から上手く出汁が出たし、野菜の甘味もちゃんと出てる。問題はアルフレッドの口に合うかだ。


 ちょっとしょっぱかっただろうか、などと思いながら、アルフレッドがスープを口に運ぶのを見守った。アルフレッドは僅かに目を見開いて私を見る。


「どう?」

「……悪くねえな」

「本当!?」


 アルフレッドは気を使わずに美味しくなかったら美味しくないと素直に言う人だ。これまでの経験から、「悪くない」は美味しいという意味に捉えて問題ないと思う。


「良かったー」


 私は心底ホッとした。思えば誰かに自分の料理を食べてもらう経験なんてほとんどないし。


 アルフレッドが喜んでくれるなら、もっと料理のレパートリーを増やしたい。この世界のレシピも知りたいと思う。


「アルフレッドが作ってくれたサンドウィッチも美味しいよ」


 アルフレッドと一緒に夕食を食べられることも、食事が美味しいこともすべてが嬉しい。私は上機嫌のまま食事を進めた。




 それにしても。私はお風呂から上がってアルフレッドのベッドの上に座ってぼんやりとしていた。アルフレッドは今お風呂に入っている。上がったら眠ることになるのだろう。


 昨夜はほとんど寝ていないはずなのに、妙に目が冴えている。やっぱり男の人と同じ部屋で眠ることに緊張しているのかもしれない。


 最近見慣れてきていたけれど、アルフレッドは相変わらず格好いい。そんな格好いい人と一緒の部屋で寝泊まりすることになるなんて。しかも、今日だけじゃなくてこれから毎日のことになるかもしれないんだ。


 アルフレッドは自室も音楽でいっぱいだ。棚には楽譜が詰まっているし、机には楽器を修理する時に使う工具も置いてあった。ここで毎日過ごしているんだ、と思うとたまらなく落ち着かない気分になる。


 アルフレッドとは毎日オズ楽器店で顔を合わせているし、今更緊張する必要もないのに、なんでだろう。私が男の人に免疫がなさすぎるからか、それともアルフレッドだからか……?


 トントンと階段を登ってくる音がして私は慌てて表情を引き締める。妙なことを考えるのはやめよう。じゃなきゃ、今日も眠れなくなりそうだ。


「先に寝てていいっつったのに」


 アルフレッドは部屋に入るなり顔を顰めた。


「ご、ごめん、でも部屋を暗くすると……」


 私は謝っている途中で言葉を失ってしまう。お風呂上がりのアルフレッドはタオルで髪の毛を拭いていた。トランペットとお揃いの金色の髪の毛はまだ乾いていなくて、いつもよりも柔らかそう。ちょっとしんなりしている髪の毛のアルフレッドはきつい印象が薄まって、どこか頼りなくすら見えて可愛い。


「……んだよ」


 黙って見つめる私にアルフレッドは居心地の悪そうな顔をして頭を小突いた。いけない! 私ったらお風呂上がりのアルフレッドに見とれてしまうなんて、なんだか変態みたいだ。顔に熱が集中してくるのを感じて、


「じゃあ、寝るね」


 と、顔を隠すように布団に潜り込んだ。上手く逃げられた、と思ったのだけど、布団に入るとアルフレッドの優しい匂いに包まれた。まるでアルフレッドに抱きしめられているみたいで、私の顔はますます赤くなってしまう。


 それにアルフレッドは気がついたのか気がついていないのかわからないけれど、


「おやすみ」


 と、ぼそりと言って、明かりを消した。私も「おやすみ」と、返したけれど、アルフレッドの顔と匂いに目が冴えてしまって、なかなか寝付くことができなかった。

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