現実から目を逸らすのはもうやめます

 翌日。私は徹夜で書いた手紙の束を持って街へ繰り出す。今日はお店には行かない。まずは、街の商店を巡るのだ。


「ごめんください」


 私が入ると、どの店の店主も嫌な顔をする。シエラはこの街のお店で散々わがまま放題してきたと日記にも書いてあった。店主の反応で、私がどれだけご迷惑をおかけしてきたか痛感する。店主に向かって、私は手紙を差し出しながら腰を九十度曲げて頭を下げた。


「今までごめんなさい!」


 まずは一日、お店関係でご迷惑をおかけした人達にひたすらに謝って回る。どのお店にご迷惑をおかけしたのかはアルフレッドに教えてもらった。服飾店や宝飾店が多かったが、飲食店や雑貨店もある。そう、つまりこの街の大半のお店を謝って回った。


 お店の人達は困惑しながらも、もうあんな行動をしないなら、と大半は許してくださった。中には二度と来るな、と言われたお店もあったけれど、迷惑をかけたのだから仕方のないことだろう。


 シエラのしてきたことを知っていたのに、私は何も行動してこなかった。まず謝って、それからやり直さなければならなかったのだ。


 シエラ・ウィドウが壊れた。その噂は瞬く間に街中を駆け巡った。


「おかえり、シエラ」


 私がお店への謝罪を終えてオズ楽器店へ顔を出すと、カミーユがにこやかな笑顔で出迎えてくれる。


「お前、酷い顔だな」


 昨夜徹夜をしたからだろうか、すぐに奥から顔を出したアルフレッドにはそんなことを言われた。だけど、流石17歳の身体。疲れはあるけれど、まだまだ大丈夫そうだ。


「カミーユを呼んでくれたんだね。ありがとう、アルフレッド」

「いや、別に」

「でもね、シエラ。僕じゃあ君の役に立てそうにないよ」


 カミーユは眉尻を下げる。


「シエラが虐めていた学校の生徒たちへの謝罪だろう? 僕はその手のつてはまったくなくてね」

「そっか……」


 私が謝らなくてはならないのはお店の方々だけではない。一番謝らなくてはならないのは、きっと学校の関係者なのだ。


「どうしよう……両親には聞けなかったし」

「あ、だからね! 僕が助っ人を呼んでおいたんだ」

「助っ人って?」

「そろそろ来るはず……」


 カミーユがそう言うと共に、タイミングよくお店のドアが開く。そこから顔を出したのは──


「コットン!」

「……シエラ」


 渋い顔で私を睨むコットンだった。


「助っ人に来てくれたの!?」

「……カミーユ、どういうことですか?」


 コットンは私を無視してカミーユに話しかける。


「私はアルフレッドが呼んでいるというからここにやってきたのですけど」


 カミーユはアルフレッドの名前を使ったんだね! なんと策士なのだろうか。


「その言葉に嘘はないよ。ちゃんとアルフレッドもいるだろう?」

「それは、ここはアルフレッドのお店なのですから。ですが、シエラがいるとは……」

「シエラはアルフレッドのお店で働いているんだよ? いるに決まっているじゃないか」


 コットンの不満をカミーユは笑顔であしらう。ここはカミーユが一枚上手の模様。


「……それで、私にどんな御用が?」

「あのね、コットン。コットンに教えてほしいことがあって」


 私がコットンに話しかけると、あからさまに嫌な顔をする。


「私が虐めていた同じ学校の子たちについて、教えて欲しいの」

「それは……今日の貴女の奇行が関係しているのかしら?」


 私の奇行、とはお店に謝罪回りをしたことだろうか。


「うん、たぶんそう。私、今までご迷惑をおかけした人に謝りたいんだ」

「そんな謝罪を受け入れるわけがないでしょう!?」


 コットンは私に向かって叫ぶ。


「貴女のせいで人生を狂わされた人達なのよ!? 貴女の顔なんて見たくもないに違いない!」

「あの……、具体的に私は何をしたんでしょう?」


 そんなことも覚えていないのか、という侮蔑の表情を向けられる。


「それはもう、奴隷のように扱っていたようよ? ほしいものがあれば買いに行かせる、宿題をやらせる、面倒なことはすべて人に押し付ける。逆らおうものなら、その人の一番隠しておきたいことを公にしたり、髪の毛を切ったことだってあったらしいわ!」

「髪の毛を……」


 アルフレッドが前に教えてくれたけれど、髪の毛は女性の命らしい。それを切るなんて、シエラは本当に酷いことをする。


「そんなことまでして、こうしてのうのうと生きている貴女を誰も許すはずがない!」


 コットンの言う通りだ。どうしたらみんなの気が済むのだろう。どうしたら謝りの気持ちが伝わるだろうか。


「髪の毛……」


 私はポツリと呟く。


「?」

「アルフレッド! ハサミある?」

「あるが……お前、まさか!」

「私、髪の毛を切るわ!」


 私がそう宣言すると、全員の目が丸くなった。


「お前、馬鹿か!?」


 私の髪の毛切る宣言にアルフレッドが声を荒げる。


「ちょうど髪の毛が鬱陶しいなって思ってたところだったし」

「シエラ……貴女正気? 貴女がどれだけ髪の毛にお金をかけてきたか……」


 私を罵倒していたはずのコットンまで止めるようなことを言ってきた。


「正気だよ。髪の毛変わったら人って印象変わるでしょう? 顔も見たくない! っていう気持ちが、印象が変われば少しは変わるかもしれないし」

「だけど、いいのかい、シエラ。髪の毛は女性にとって……」

「わかってる、ありがとうカミーユ」


 気遣いの言葉をくれるカミーユにお礼を言う。


「別に生涯独身でいるつもりはないよ? でも、私だけが幸せに暮らすなんてしちゃいけないことだと思うから。それに、髪の毛なんてすぐに伸びるって!」


 日本ではショートカットの女性なんて普通にいたから抵抗はない。前世の私だってミディアムヘアーが常だった。


 結婚のことを思うと少し心は痛むけれど、シエラのしてしまったことの責任を取りたい。


「止めても無駄だよ、アルフレッド。貸してくれなかったら家に帰って自分で切るだけだからね?」

「……」


 アルフレッドは無言で私を見つめてくる。アルフレッドも私が髪の毛を切ったら嫌だなって思ってくれるのだろうか。もし、アルフレッドが髪の毛の長い女性が好きだったら……


 そう考えると少しだけ胸が痛むのはなぜだろう。


「……わかったよ」


 根負けしたアルフレッドが奥からハサミを持ってきてくれた。


「奥に風呂場がある。そこで切ればいい」

「ありがとう」


 ハサミを受け取って奥へ行く。何も言っていないのにコットンもいつの間にかついてきていた。


「?」

「……シエラが女を捨てるところを見たいだけよ」


 そう言ったコットンは私が見えるところに立って動くつもりはないらしい。私も特に見られて困ることもないので、


「わかった」


 と、言ってハサミを構える。長い髪を……このくらいだろうか。肩の上辺りにハサミを当てて……


「えいっ!」


 ジャキッと小気味のいい音がして髪の毛がハラハラと風呂場に落ちる。


「本当に切るのね……」


 見ていられないとばかりに辛そうに顔を歪めるコットンが鏡越しに見えた。私は逆側の髪の毛にもハサミを入れる。一度切ってしまえばもう躊躇いはなかった。


 さて、後ろの髪も切ってしまおう。上手く見えないけれど、これくらい……?


「ちょっとシエラ!」


 私が力を込めようとする寸前、コットンから声がかかった。


「貴女、これ以上短くする気!?」

「あ、もうちょっと下だった?」

「それじゃあ長すぎ……ああもう!」


 コットンがずんずんと私に近づいてくる。


「貸して! 見ていられないわ!」

「やってくれるの?」

「仕方なく、よ! このままじゃ短いだけじゃなくて、長さも揃わない最悪の髪になるから!」


 私からハサミを取り上げたコットンは私の後ろに立った。


「じゃあお願いします」


 コットンは一瞬苦い顔をしたが、ジャキジャキとハサミを入れてくれる。そうして30分後、私は綺麗なミディアムショートヘアーになったのだった。




「どう!? アルフレッド!」


 お風呂場から帰還した私をアルフレッドもコットンと同じような苦い表情で見る。しかし、しばらく見つめると、


「まあ……思ったより悪くはないな」


 と、言ってくれた。


「でしょう!? やっぱり私、このくらいの長さが落ち着くな〜!」


 切ってみればあっさりしたもので、すぐにこの髪型が気に入ってしまった。なかなか似合っていると思うよ、シエラ!


「いいと思うよ」


 私を待っていてくれたカミーユも笑顔を見せてくれる。


「ありがとう! この髪の毛ね、コットンが切ってくれたんだよ!」

「コットンが?」

「し、仕方なく、です! この子、あまりにも変な風に切りそうになっていたから……」

「えへへ、不器用なんだよね」


 前世の不器用さもちゃんと引き継いでしまったようです。


「ありがとう、コットン! 助かったよ!」

「別に貴女のためじゃ……」


 ふいっと顔を逸らすコットンだったが、少し顔が赤くなっていた。


「よし! これで、明日謝りに行く!」

「……行くなら、学校へ行くのが一番早いと思う」


 そう教えてくれたのはコットンだ。


「夕方には学校が終わるから、そのタイミングで行くといいわ。最高学年のクラスは1クラスしかないから……」

「ありがとう、コットン!」


 はじめは教えることに渋っていたコットンだったが、こうして教えてくれた。本当にありがたいことだ。私は感極まって手を握る。


「ちょっ……やめてよ気色悪い!」

「だって本当にありがたくて! コットンにも今度何かお礼するね!」

「いらないわよ!」


 オズ楽器店にコットンの悲鳴が響いて、私達三人はつい笑ってしまうのだった。

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