リハーサルへ出発です

「ねぇねぇ、見てみて! アルフレッド!」


 コットンの件から数日後。アルフレッドとは以前よりも距離が近くなった気がしていて、口調も自然に親しげなものに変わっている。そんなアルフレッドに向けて私はくるりと一回転して見せた。


「どう!?」

「どうって……公式行事で着る用の衣装だな」

「それは見ればわかるじゃない!」


 私が着ているのは楽団から届いたばかりの衣装。次の本番で着る衣装で、軍服風のデザインは可愛らしくひと目見て気に入ってしまった。


「似合ってる?」

「……子供が親の服を着たみたいだ」

「それってコスプレってこと?」

「こす……何だ?」

「ああ、いや、こっちの話! なーんだ、似合ってないかぁ」


 まだ糊がバッチリきいているピカピカの軍服風衣装を見下ろす。私の容姿だって前世に比べたら鼻が高いし亜麻色の髪の毛も茶色い瞳もこの軍服に合っていると思ったのだけれど、どうもそうでもないらしい。


「別に似合ってないとは……」

「うーん、髪の毛を上げたらいいのかなぁ。鬱陶しいし、いっそのことバッサリ切ってもいいけど」

「切るって……髪をか?」

「うん、ダメ?」


 私は背中を覆っている長い髪の毛を手で梳く。ずっと邪魔だと思ってきたんだ。これを機に肩上くらいまで切っても良い。


「髪が短い女なんて子供か結婚したやつくらいしかいねえぞ? お前、結婚しない気か?」

「そうなの?」


 アルフレッドの話は寝耳に水だ。そう言われてみれば、同じ年頃の女性はみんな髪の毛が長いような気もする。


「髪の毛が短いと結婚できないの?」

「できないってわけじゃないが、髪の綺麗さで相手を選ぶ男も少なくない」

「ふーん、そうなんだ」

「ふーんってお前、記憶喪失ってそんな常識も忘れちまうのか? それともただの馬鹿なのか?」

「馬鹿って……失礼な!」


 だから母親がしきりに髪の毛のことを気にするのか。ちゃんと乾かさないと癖が~とか、ケアはちゃんとしなさい、とかそれはもう口うるさく言ってくるのだ。


「ま、私と結婚してくれる男なんているはずがないけどね」


 街中の嫌われ者の私。結婚どころか付き合いでもしたら街中から白い目で見られるだろう。そんな私と結婚しようなんて人間がいるはずがない。


 ……ん? 「ま、当然だな」とか、言ってくるだろうと思っていたアルフレッドが何も言ってこない。それに、変に下を向いているのは何でだろう?


「あ、アルフレッド! 時間、時間! アルフレッドも準備しなきゃ!」

「あ、ああ、そうだったな」


 ポリポリと頬を掻きながらアルフレッドは奥へと引っ込んでいった。


 今日は凱旋パレードのリハーサルの日だ。私達楽団と軍関係者が一緒にリハーサルをする。当日は王族の方も来られるということなので、まだ時間のあるこの時期から入念なリハーサルをしておくらしい。


 私はお店を閉める準備を始める。このオズ楽器店での仕事もだいぶ慣れてきた。口は悪いけれど、嫌われ者の私を雇ってくれるアルフレッドには感謝している。


「待たせたな」


 準備が終わったらしいアルフレッドが戻ってきた。よし、会場に向かおうとアルフレッドを見ると──


「うわ」


 思わず言葉が漏れる。金の刺繍が入った濃紺のジャケット。アルフレッドのすらっとした体型と長い手足が強調されている。紛れもないイケメンが私の目の前に立っていた。


「……何だよ」

「私と同じ衣装とは思えない!」


 男性と女性の服の違いはリボンがついているだけ、なはずなのに、この違いはなんだろう? まったく別の衣装に見える。そのくらいにアルフレッドは完璧に着こなしていた。じーっと観察しているとアルフレッドに睨まれてしまう。


「俺は着慣れてるんだよ」

「そうじゃないよ! アルフレッドが似合いすぎなんだよ! 格好いい!」


 素直に褒めてみると、アルフレッドはわかりやすく動揺した。


「お、お前な……格好いいとか……」

「自信持って、アルフレッド! トランペットも上手いし、見た目も格好いいよ! 完璧だよ!」

「あー、うるせえなあ」


 アルフレッドはせっかくセットした髪の毛をガシガシと乱暴に掻いている。どうやら演奏を褒めると喜ぶけれど、見た目を褒めると照れるらしい。


「自分が格好いいって自覚ないの?」

「ねえよ! 興味もねえよ!」

「もったいない! 普段からもっとオシャレに気を配ればいいのに!」

「あー、もう行くぞ!」


 耳がほんのり赤いアルフレッドはさっさと店から出て行ってしまう。ふふふ、照れたアルフレッドは新鮮で楽しいな。私はニヤニヤと笑いながら、アルフレッドに続いて店を出た。


 リハーサルは本番と同じ軍本部前の広場で行われる。オズ楽器店からは徒歩十五分程の距離だ。


「本番まであと10日か~! 私もいよいよ楽団デビューなんだなぁ」


 抜けるような青空を見ながら私はしみじみ呟く。


「もう10日しかないんだぞ。それであの出来とは、大丈夫なのかよ」


 アルフレッドが水を差すようなことを言う。だけど、反論もできない。アルフレッドにはあれから練習を見てもらっているけれど、ダメなところの指摘を受けるばかりで、褒められたことは一度もない。


「そうだよね。頑張らなくちゃ」

「ふん。素直で結構なことだ」


 意地悪な笑みを向けられる。いつかアルフレッドに認められるくらいの演奏ができたなら、コットンやカミーユからも認めてもらえるのだろうか。

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