第27話 クズクズ追いかけっこ

 突然だがレフトはクズである。美人で気立てが良くて家が金持ちの奥さんの巻華(まきか)を持ってるくせして、ちょっと綺麗な女をみつけるとホイホイ尻を追いかけて浮気をする。レフトというのは横左翔太郎という本名から奥さんが着けたあだ名で、顔以外全く褒めどころのないごくごく普通の日本人である。


 ロクに家に寄り付きもしないで女のケツを追いかけたり触ったりするもんだから、巻華も怒る。その辺のちゃぶ台とかコップとか灰皿とか火のついたタバコとかがみんなレフトの人体の急所、目や頭部や胸や股間やそういうとこめがけて飛ぶ。あまりの命中率の良さにレフトは奥さんが自分にあだ名をつけたように、スナイパーという称号を与えたくらいである。


 奥さんもやり過ぎと言われそうだが、なんせレフトは奥さんの実家の金を使って働きもせず浮気ばかりしているクズだったもんで世論は奥さんにばかり味方をした。半分は甘い汁ばかりをすすっていた旦那へのひがみや不快が混じっている。大体人はいい思いだけをしている人に冷たいものだ。もちろんそんなんと付き合ってる奥さんも悪趣味、という批判もありはしたが。


 とにかくひとしきり暴れた後の奥さんは、最後にもう一発旦那の身体めがけてコップをぶつけると旅行鞄を持って外国へ行ってしまう。一種の疾走である。レフトはそれを追いかける。この前は中国の動物園でパンダに笹を放りなげてるところを捕まえたし、またある時はドイツでホクホクのジャガイモをドイツ流にグチャグチャ潰して食べていたところを見つけたし、またある時は無人島でサルの女王と化しながらパラダイスをしていたところを、けしかけて来たサルの群れをちぎっては投げして追い求めた。


 今回はイタリアのベネチアだ。情緒あふれる建物も、静かな町の水面も、テラス席でアツアツのピッツァを食べている巻華には見劣りする。

 巻華はレフトの顔を見るなり、熱いとろけたチーズが乗っかったマルゲリータピッツァを顔面目掛けてぶつけた。暑さでもんどりうっているレフトの上にフリット(揚げ物の一種)が降り注ぎ、米が入ったリゾットになっているペスカトーレがかかった。


 バカ、バカ、バカ、バカ、バカバカバカバカ浮気もん! 死ね、死んでしまえバカ!


 お題と汚したチップをたっぷり店主やウェイトレスにおしつけて、巻華が去る。

 

 イタリア情緒あふれる食べ物をまとったレフトがそれを必死に追いかける。


 妬く奥さんを必死に追いかける旦那。この構図を守り続けることが、常人には理解できない、レフトと巻華の夫婦円満を保つコツなのである。



 お題:何かの失踪 必須要素:イタリア

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