第26話 ライオン(品種改良済)
「さーて、今日のライオンは?」
国民的アニメの次回予告みたいなノリで研究員たちがごぞってライオンの檻の中に入る。このライオンは紆余曲折左折右折して研究員たちが作った、品種改良済みのライオンだ。証拠にコイツと来たら研究員の一人である田中の隣家に住む、多見子ばあちゃんが飼ってるミケみたいにおとなしい。
ライオンといっても、飼いならされた個体は半分ネコと変わりないくらい友好的ではあるのだが。もっとも、ライオンの方に悪気がなかったとしても、その大柄な身体、鋭い爪や牙をもって人間にじゃれかかられたらどうなってしまうかは想像に難くないのだが。
とにかくこの品種改良されたライオンは、おとなしい他にも面白い性質があることがわかった。なんと! 酒に強いのである! 酒に強いったってそんなもん、大型の動物は大型犬程度でもそこそこ強いじゃねえか。という心無い反論もあったのだが。そこはまた紆余曲折直進後退をして他のライオンより強いことを証明してみせた。
というわけで今日はその個体の酒の好みを調べているのである。昨日の実験では、異国の原種の血のせいか、日本酒はあまり飲まなかった。『タマ』と描かれた専用のエサ皿の酒があまり減らなかったことに、研究員たちは病気かと心配したものだ。よしならばエビスビールだ。うちの研究所にはエビスビールはいつでもあります。主に博士の趣味で。
「お、飲んでる飲んでる」
「今日は食いつきがいいなあ」
「さばんなちほーから来たからやっぱ外国のイカした酒じゃないとダメなんだよ」
「ライオンが住んでるのってアフリカの辺りじゃないの?」
「アホか、サバンナは土地の性質のことだよ」
「オーストラリアあたりでコアラやカンガルーとひなたぼっこしてるもんかと思ってた」
「てかエビスビールってモロ日本の酒じゃん。アイムフロムジャパンじゃん」
「ビールそのものの原産は外国っしょ。メソポタニアのころからあるんだぜ。ところでポタージュ飲みたい、あのインスタントですぐ出来るおいしいやつ」
わいわいがやがや騒がしい研究員たちをよそに、ライオンのタマはエサ皿をべろべろ舐めるのに忙しい。時折そのジュワッとする炭酸に驚いて飛び上がっているが、飲むのはやめない。
「そんなに酒がうまいもんかねえ、オレにゃわからんわ」
冷徹クールを気取って一人おやつをモグモグやっている、研究員の一人の太田が言った。太田は田中とは仲良しである。雑談の途中で二人共爆笑しすぎて騒音問題になるほど仲良しである。
その太田に、おとなしいはずのタマが飛びかかった! 研究員たちは唖然とした。太田と仲良しな田中は目の前の悲劇に叫んだ。
「うわーん太田がライオンのエサになっちまったよー」
「うるさい声が大きいんだおめえと太田はよ」
「お、タマが太田から退いたぞ」
「傷はない、骨折もなさそうだ。メンタル以外の部分の傷は浅いぞ」
「一体全体なんでこんなおとなしいタマがえらいことしちまったんで?」
「あ、タマがなんかくわえてる、太田の肉片か?」
肉片には違いないが、太田のものではなかった。太田が手に持っていたビーフジャーキーだった。
「あ、太田のおやつに釣られたのか」
「オレのおやつー」
「太田がうめいてる、おとなしいとはいえ実験中に動物の前でおやつちらつかせるからだ」
「バカだなー」
「ホントバカだよなー。ところでアフリカってどの辺りにあるんだっけ? ムツゴロウ王国のとなり?」
タマはビーフジャーキーをモゴモゴやって至福の表情である。
「やっぱライオンだし、酒より肉のが好きなんだよ」
「そうかあ、そりゃ気づかなかったなあ。博士がふざけて酒飲ませたら飲んだから、こいつは酒が好きなんだと思ってたよ」
ライオンの奥深さに、研究員たちの騒がしさは止まない。
お題:今日のライオン 必須要素:ビール
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