第21話 思いやりの赤いバラ

 マイクは、狭いが手入れの行き届いた自慢の庭で、恋人のベロニカとテーブルに着いてお茶を飲んでいた。お互い今の時期は仕事が忙しく、また少し離れたところに住んでいることもあって、今日のような、お互いの時間の都合が合う、良く晴れた絶好のお茶日和の休日は貴重な時間だった。


「あらいけない、もうこんな時間だわ」


 ふと腕時計を見て、ベロニカは慌てて立ち上がった。久々の恋人との逢瀬が楽しくて、お互い時が過ぎるのも忘れて話し込んでしまった。


「もう帰るのか」

「ごめんなさい、明日も仕事だから」


 立ち上がりかけたベロニカだが、まだそばにいたいというように、体勢は中途半端で、大きな目は帰りのバスの時刻表ではなく、恋人のマイクだけを見ている。マイクはそんなベロニカを労わって、まだバスが来るには時間があるから、それまで座ってらっしゃいよと言いながら自分は席を立った。少し年下の恋人が可愛くて仕方がないのだ。


 家に戻って、朝読んでそのままにしていたキッチンテーブルの上の新聞を少し取り、切れ味のいいハサミを持って再び庭に出る。生垣には端正込めて咲かせた赤いバラが家をグルっと囲むように咲き誇っていた。結構な高いバラだった。けれど愛する恋人のためなら惜しくもない。


 マイクはその中でも開いた時一番綺麗に割きそうな、みずみずしく痛みもないバラを一本、ハサミで切った。持った時トゲが手に刺さらないよう、帰りの邪魔にならないよう、一本だけのバラをぐるぐると新聞で包む。


「良かったらこれ、持って行ってくれ。しゃれた包みじゃなくて悪いけどな」


 いくら花を育てているとしても、とっさにしたその行動が果たして花言葉の意味まで意識してしたことかは怪しいのだが──恋人の手が傷つかぬよう、帰り道の大きな邪魔にならぬよう、たった一本だけを包んだそれには確かな真心が籠っていた。あなただけしかいない。


「ありがとう、大切に飾るわ」

「バス停まで送るよ」

「ふふ、もう少しだけおしゃべり出来そうね」


 ベロニカは今度こそ立ち上がり、花と、花をくれた恋人を連れて──軽い足取りでバス停への道を歩き出した。

 




 お題:高い薔薇 必須要素:新聞

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