第20話 黒の傍らに幸福
子どもがうっかり画用紙にこんぺいとうでもこぼしたような星がまたたく、夜空の日のこと。
黒い翼を持つ影が、星々の下をジャコウアゲハのごとく飛んでおりました。
ちょうちょの動きで優雅にヒラヒラ飛んでいるのに、その黒い翼の主ときたらつまらなそうにムスッとしています。
それもそのはず、黒い翼を持つのはなんと悪魔であり、それもとびっきり悔しがりの悪魔なのでした。
灯りの灯る青い屋根の民家のリビングには、幸せな食卓がありました。
その家のお母さんが大盤振る舞いをして、大きな骨付き肉、野菜たっぷりのスープ、大きなケーキをテーブルに並べています。
中心には小さな女の子が座っていて、お父さんはキラキラした素材で作られた、それだけでもワクワクしそうなリボンで包みを固定されたプレゼントボックスを持って部屋に入るところでした。
今日は女の子のお誕生日なのでしょう。
「ああ、くやしい、くやしい、くやしいったらくやしい」
悪魔はそれを見ると、翼をはためかせ、それでも惨めに見えぬよう、蝶のように優雅に去っていきました。
ある街灯の灯りの元には、一人の女の人が立っていました。
近くにベンチがあるのにそれにも腰かけず、腕時計と向こうの曲がり角を交互に眺めています。
どうやら誰かと待ち合わせのようです。
曲がり角から誰かがやってきました。女の人と同じ年頃の男の人のようです。
走って来たせいで髪が乱れていて、服のボタンもかけ違えていて、着くなり女の人にペコペコ頭を下げています。
女の人は男の人にひとしきり小言を言うと、すぐに笑顔になって、互いに腕を組んで歩いて行きました。
夜のデートの待ち合わせだったのでしょう。
「ああ、くやしい、くやしい、くやしいったらくやしい」
悪魔はそれを見ると、翼をはためかせ、それでも惨めに見えぬよう、蝶のように優雅に去っていきました。
ある店には、パン屋の店主が一人で仕事をしていました。
今日は盛況で、ちょうど最後の一人が最後のパンを買っていくところです。
笑顔で店主がお礼を言うと、お客さんも大事そうにパンを抱えて店を出ていきました。
お客さんは他にも野菜の袋や肉の包みなどを抱えています。大切な人とおいしい食事をするのでしょう。
店主は笑顔で後片付けを始めました。家には奥さんが待っているのでしょう。
「ああ、くやしい、くやしい、くやしいったらくやしい」
悪魔はそれを見ると、翼をはためかせ、それでも惨めに見えぬよう、蝶のように優雅に去っていきました。
「ほうほう、それでくやしがりながらノコノコトボトボ帰ってきたわけだー?」
長い黒髪をしゃらしゃらなびかせ、黒い笑顔で悪魔の女が出迎えました。
悪魔は無作法にテーブルにつくと、悪魔の女が出したケーキをムシャムシャ食べて、熱い紅茶をゴクゴクやります。
「全くもって人間どもみんな幸福で心がいっぱいでさ、嫌になっちまうよ」
ぐちぐちと悪魔がこぼします。ついでにケーキもこぼします。
「別にあんたが嫌な思いされたわけじゃないじゃん。ほっときなさいよ」
「見るだけで忌々しいんだっての」
プイッとほっぺをお菓子で膨らませながら、悪魔は忠告を聞き入れようともしません。
嫌な思いをしたところで、悪魔の力で不幸を振りまくわけでもないのに。
くやしがりの悪魔は、なんとも悪魔らしくなく、小心者で、根っこが善なのでした。
「あたしはそんなにあんたをくやしがらせられる人間が、うらやましいけどなー」
「なんでだよ」
「さあー? 自分で考えてごらんなさい。人間にしか物を売らない、くやしがり屋さん」
くやしがってばかりで、長生きな悪魔がそばの幸福に気づくには、人の生より長く時間がかかってしまうようです。
お題:悔しい悪魔 必須要素:周囲とのレベルの違いを見せつけるような巧みな描写
必須要素頑張ってみたけど無理でした
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