第16話 黒い仇花

 生まれ落ちた時から毒と忌み嫌われていた。空気を吸った身体は瘴気を代価として世に放ち、生き物は私の体に触れるだけで息絶えた。倒れて腐り落ちた死体は骨も残らず、私と同じように悪臭を放つ。


 私は動物からも、植物からも厄介者扱いだった。

 

 ──薄汚い。人は私を見るや焼き殺そうと松明を手に掲げたし、甘い匂いを放つ有意義な植物は、私のようなものが存在すること自体が信じられないと、風にヒソヒソ話を乗せ、遠くから陰口を叩いた。


 私とて自分を卑下する気持ちがないとはいえない。自分の周囲には毒を湛えた沼地しか残らない。自分しか存在できない、相手を尊重する環境を作れない私は、死後他の生き物に食ってもらうことさえできず、生のことわりからも外れて、本当の本当にひとりぼっちだった。



 ──もし、私のそばにいられるものがいるとしたら。それは血を分けた同胞に他ならない。


 私の一部だったものが周りを囲む毒の沼地に落ちてずいぶん経った。それは背を伸ばしトゲを伸ばし葉を伸ばし、真っ黒な花のつぼみを山とつけている。もし開花すれば、私の周囲は黒いバラが咲き誇って、それはそれは禍々しい庭を形作ることだろう。


 善意の花の風のささやきで知ったのだが、人の中には私のような生き物を『触れれば傷つく美しいバラの進化の極み』と絶賛する者もいるらしい。無論、人間内では変わり者を通り越して気が触れた者扱いになるらしいが、悪い気もしなかった。そんな狂人とて、私のそばに来ることは不可能なのだが。


「さあ目覚めなさい。あんたは私のように孤独じゃない。私が開花を間近で見届け喜び、寂しい月の夜も抱きしめてあげる。だから世界に生まれておいで」


 形だけは人に似た──色は死んだ枯れ葉と同じ皮膚で覆われた右手を伸ばし、私と同じ、人のまがい物の形をした本体の髪を撫で、覚醒を促す。


 それの目が開いた。白目というものがない、見るだけで生き物を腐らせるような、純粋悪の黒の色。それの背から伸びた蔓が下げた、黒いつぼみが一斉に、爆発するように開いて花弁を散らす。自分だけが受け止められる花吹雪を全身を使って浴びて、私は小汚く笑って見せた。


「初めまして。私の薄汚くて可愛い息子」


 それの目は私の姿を捉え──星一つない空のごとく静かに、笑い返してくれた。





 お題:薄汚い息子 必須要素:右手

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