第10話 旅先の思い出
旅先で初めてウェイターをやった。自分で言うなという話だが顔はちょっとイケメンだから、厨房のおばちゃんや客のねーちゃんの見る目が、そんな黄色い声をあげるほど露骨ではないものの優しくて、態度も柔らかくて働きやすくはあったけれど大変だった。伸びた髪は後ろにまとめて丸めなきゃいけないし、出来立てアツアツのグラタンやパン籠は結構重いし、手が空いてれば厨房の雑用を手伝わなきゃいけない。
食器洗いくらいならいいけど、延々とイモをむく作業はなかなかきつかったな。包丁でまともに向けないもんだからおばちゃんが皮むき器を貸してくれた。
「ちゃっちゃとむいとくれ。芽や深いところを削る時だけは包丁を使いなさい。遅くてもむき過ぎて小さくなっちまっても、芽と皮ついたイモだけはお客さんに出したらいけないからね」
「はい、頑張ります!」
持ち前のスマイルを作るとおばさんははずかしそうにハンバーグを焼く作業に戻ってしまった。ジュワっと肉の蒸気と匂いが厨房いっぱいに広がる。
皮を一通りむいた後、芽や深い部分を包丁の根元でボロボロ取るのは結構楽しくて、おばちゃんの「休憩入っといでー」という言葉がなければ、赤ん坊が入浴できるくらい大きい洗面器いっぱいのイモがなくなるまで続けていたかもしれない。
「ちょっとまって、あとニ十個で終わる、終わるから」
「なーに言ってんだい、腹減って生のイモでもかじられたらこっちが困るんだよ!」
襟首をつかまれるような形で厨房を追い出された。すごい力だ。温かいお盆を持って店員の休憩室へ。お盆に乗っているのはハンバーグ定食だった。肉だけでもお腹いっぱいになりそうなほど大きいのに、そこにニンジンのグラッセと山盛りのポテト、多分形が失敗したからこっちに回したんだろう、ややいびつなキツネ色の丸パンがコロンコロン二つ転がっている。
イモがいっぱい乗っかっているのはイモむき中毒と化したボクへの嫌味、もしくは気遣いだろうか。などと考えながらとりあえずハンバーグを食べる。肉汁とかかったソースの味が口の中で爆発した。疲労と空腹に大きく染み渡る味だ。付け合わせのニンジンも疲れた体には少し甘めなのがうれしい。ポテトも少し脂っこくてホックホクで、丸パンは形なんて問題に感じないほどフカフカフワフワだ。
「うまいなあ」
「飲み物忘れてるよ、せっかちなお兄さん!」
デンと置かれたコップにはミルクがなみなみ注がれている。それを飲み干し、皿もパンで拭って全て平らげてまた仕事に戻った。夕方になってもらった給料は、約束されたものより一袋多かった。
「……皿まで綺麗ないい食いっぷりだったからね、オマケだよ」
そう言うとおばちゃんはいい笑顔も更にオマケでくれた。厨房では真剣な顔をしていたから、意外と見たことのない顔だと思った。
宿に戻るまでに我慢できなくて開けた袋には、あのいびつな形の丸パンと、ボクが執着したイモのふかしたやつが入っていた。経験のない職業の思い出のように。
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