パラドックス

 降り下ろしたハンマーを僕は寸出のところで止めた。側で見ていたタロは小さく「クゥーン」と鳴いた。


 ことの始まりは3週間前の月曜日。朝起きるとタロが着けている首輪がいつもの赤色と違って、紫色になっていた。次の日は黄色、その次の日は緑。僕は違和を感じながらも、忙しい日々に追われてそのままにしていた。

 そして待ちに待った土曜日、僕はタロを朝の散歩に連れて行こうとして先週買ったばかりの小さな犬小屋の中を覗いた。いない。タロがいない。人見知りが激しくて、僕と一緒じゃないと外を歩けないタロ。そのタロが勝手にいなくなっている。僕はあわてふためいて家を飛び出した。いつもの河川敷、小休憩の公園。日が暮れるまで探しまわってもタロは見つからなかった。久しぶりの休みだというのに、僕はその夜一睡も出来なかった。

 次の日、僕は腫れた目を擦りながら犬小屋の中を覗くと、そこにタロはいた。首輪はいつもの赤色。僕は力任せにタロを抱き締めた。

 しかし、それからも不思議な現象は続いた。首輪の色は毎日変わる。土曜日には神隠しに合ったかのようにいなくなる。俄には信じられないことだが、僕はついにある仮説を立てた。もしかして、入れかわってるんじゃないかと。

 そして今日の、日曜日の良く晴れたら気持ちのいい朝。僕は昨日は留守の小屋の中に、赤色の首をしたタロを見つけて決心した。やっぱりそうだ。買ったばかりのこの小屋。絶対とは言えないけれども可能性がある以上は、こんなもの要らない。僕は家から日曜大工用のハンマーを持ってきて力一杯降り下ろした。

 その刹那、僕の頭に一つの疑問が過った。

「どうして土曜日は誰もいなくなるのか」

 緑のタロも黄色のタロも違う世界の「僕」が飼っているのだとしたら、一匹足りないではないか。なのにどうしてそいつは、ワープの起点である犬小屋をまだ置いているのか。そこに主はいないはずなのに。

 僕は寸出のところでハンマー止め、庭の芝生に放り投げた。黄色のタロも緑のタロも紫のタロも、青と黒のタロだって首輪は違えど僕になついていたのだ。ならばその「僕ら」を信じてもいいはずだ。もう一人の「僕」のために。

 愛してるが故に遠くへ旅立たせる。それは、矛盾してるようで、していない。そんな小難しいことを考えてる足元にはタロがすり寄ってきて小さく「クゥーン」と鳴いた。



 ★パラドックス(paradox)

 一見間違っていそうだが、正しい説。もしくは逆に一見正しそうだが間違っている説。例えば「急がば回れ」とか。矛盾しているようで、妥当な話ですね(厳密にはもっとややこしい定義があると思いますがお許し下さい)。

 ちなみにタイトルは「平行世界の(para)犬たちへ(dogs)」。ちょっと字数の関係で駈け足になってしまって反省中です。ややこしくて頭痛くなってきた……。

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