ダイバーシティ

 マハルタ島沖6海里、そこはダイバーの聖地と呼ばれていた。温暖で、比較的緩やかな海流には色とりどりの熱帯魚が生息しており、見るものを圧倒する。しかし近年、不思議な事態が多発していた。一人、二人と何かに魅入られたように海底から帰ってこなくなるのだ。そしてついについたあだ名はダイバーの墓地。主に観光業で生計を立てていた島の人々は困窮し、調査団を派遣することになった。

 リーダーのブルトは元漁師で、今は港でダイバーズショップを経営している。慣れた様子で問題の海域に潜ったブルトは、探索中にある沈没船を見つけた。船には藤壺がびっしりとこびりついており、年代を感じさせる。仲間を呼びに戻ろうとしたその最中、ブルトは聞こえるはずのない音を聞いた。それは今となってはほとんど忘れられてしまった、古くから伝わる島の唄。誘われるように船に近づき甲板に空いた穴から中を覗くと、そこに楽園はあった。緑藻は情熱的なダンスを踊り、魚たちは歌を口ずさむ。中心には楽器を奏でる男たちの姿があり、彼は顔も知らぬ祖父の姿を見たような気がした。ふらふらと中へ足を踏み入れるブルト。

 その瞬間、銀の小魚の群れが彼の前を通りすぎていった。はっとして我に返ると、目の前に広がっていたのは朽ち果てた船の内装と、水流に揺られて静かに座っているいくつかの人影。船は調査団によって引き上げられた。

 なぜ沈没船はダイバーを引き寄せ続けていたのか。そしてなぜ、ブルトを生きて返したのか。それは海のものたちが彼に掛けた一縷の望みだったのかもしれない。海の底に眠るダイバーシティの文化を、もう一度島に取り戻すために。




 ★ダイバーシティ(diversity)

 多様性。マイノリティーの人種とか文化の文脈でよく使われます。辞書で発音を聞くと、「だばー」って言ってるようにしか聞こえない。うるせえよ、って感じかもしれませんがダイバーの町でダイバーシティ。

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