パトロン

「では勇気くん。これはなんの絵ですか」

「はい! パトロンです!」

 ほのぼのとした空気が流れる参観授業を、いきなりの悲劇が襲った。「しょうらいのゆめ」というお題で描いた絵を、皆の前で発表していた子供たち。警察官、サッカー選手、パン屋さん、色とりどりの服を着た可愛いらしい絵が並ぶその中で、確かにそれは異様な雰囲気を醸し出していた。真っ黒なコートに身を纏い、口に葉巻を咥えたロマンスグレーの横顔。抽象画のタッチで描かれたその絵は、明らかに小学生のお絵かきレベルの代物ではない。

「えーっと……ああ、パトロンさん。映画に出てくる人の名前だね。その人くらいカッコいいお兄さんになりたいってこ……」

「そうじゃないよ! 先生、パトロンっていうのはね、若い人にお金を……」

「ああ思い出した! パトロンね、いいですね。では次、優香ちゃん」

「えー先生、パトロンってなんだよー」

「なになにー?」

 騒ぎたつ子供たちと、目のやり場に困る大人たち。教室の前と後ろのあらかさまな温度差に、異様な空気が流れる。勇気の母は居場所がなさそうに真っ赤になって下を向いていた。


 ―――「あんたなんであんなこと言ったの」

 帰り道、勇気の母は息子の頭を軽く小突いた。

「だってー。ほんとにパトロンになりたいんだもん」

「なんでよ」

「今ね、日本じゃ画家さんはご飯が食べれなくて大変なんだよ。だから僕が世界で有名な絵を描いて、お金がない絵描きさんを助けてあげるんだ」

 母は驚き、まじまじと息子の顔を見つめた。息子の瞳は落ち始めた日の光をまっすぐに照らし返してきた。

 彼がパトロンを見つけ、そしてパトロンになる日。それはそう遠くないのかもしれない。



 ★パトロン(patron)

 経済的な後援者。なんだか日本では愛人などムフフなイメージが喚起される言葉ですが、本来は純粋に芸術家などを支える人という意味が強いようです。響きがかわいくて好きだよ、ぱとろん。

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