第20話 メイドと妹の策略
「いらっしゃいませ、ブランリーゼへようこそ」
店内に
お陰でオープンしてまだそれほど時間が経っていないというのに、次々と商品がなくなっていく。
流石にバーゲンのような商品の奪い合い、って光景は見られないが、それでもマネキンに着せた服から次々に無くなっていき、スタッフ達が
人間の心理って他人が着ているものほど良く見えるのよね、だからマネキンが必要不可欠なんだけど、こうも着せた後から脱がされていては、何時までたってもマネキンが素っ裸のままになってしまうわ。
「お嬢様、接客の方にスタッフの数が足りていないんですが」
「わかったわティナ、お直しのスタッフを何人か回すようにするからもう少し頑張って」
ブランリーゼが店舗構えている場所は貴族区と呼ばれる中で、特に高級商店や有名ショップが犇めくエリア、当然来られるお客様のほとんどは貴族や資産家ばかりだ。
そのため、お客様には必ずスタッフが一人付いて、商品の案内から接客まで丁寧にこなすのが常識となっており、試着一つにしても一緒にフィッティングルームへと入らなければならない。
今日はオープン初日という事もあり、お屋敷のメイドからも何人かヘルプに入ってもらってはいるが、どうも足りていないらしい。
「ディアナ、イレーネ、悪いんだけれど少し接客の方に入ってもらえる?」
「「わかりました」」
二人の仕事は本来オーダードレス専門で、仕事場もここではなくお屋敷の別館に来てもらっているのだが、今日は店舗のオープン初日ということもあり、裏方で簡単なサイズ直しをお願いしている。
本当は店舗の一部を使い、オーダードレスの方もこちらに集約したかったのだが、受注商品は色々と隠しておかなければならない秘密事項や、お客様の個人情報の関係で今もお屋敷の方で直接承っている。
噂では男爵家や子爵家、その他の貴族からは伯爵家に出入り出来る事がステータスとなっており、同じ伯爵家からはお母様やお姉様、ついでに私? とお近づきになれるのが評判なんだとか。
えっ? 上級貴族は来ないのかって? あの方達からオーダーが入ったらこちらか出向くのよ、流石に公爵家や侯爵家の方をお呼び出しする勇気は私にはない。(アデリナ様を呼びつけた件は見逃して欲しい)
カラン、カラン
「いらっしゃいませ、ブランリーゼへようこそ」
またお客様がいらっしゃったようだ、聞きなれたティナの声が裏の作業部屋まで聞こえて来る。
今日は裏方で全体の把握とお直しのサポートに専念するつもりだったが、私も接客に回った方がいいかもしれない。
私の髪色は何かと目立ってしまうので、伯爵家の私が店頭に出てしまえば、お客様に変に気を使わすのではと考え控えるつもりだったが、そんな事を言っていられる状態ではなさそうだ。
「お嬢様、申し訳ございません接客をお願いしてもいいですか?」
そら来た、流石にこれ以上裏方のスタッフを出すわけにいかないのはティナも十分に分かっている。
普段着として着る服ならサイズ直しはいらないが、当店には予め出来上がった販売用のセルドレスも扱っている。このドレスは着る人の体型にジャストフィットさせるよう、サイズ調整が出来る遊びの部分を事前に組み込んでおり、その場で試着と同時にお直しが出来るサービスを行っている。
このくらいの調整なら1着20〜30分で直す事が出来るので、お客様には奥に用意したカフェスペースで休んでもらい、最終にもう一度試着して完成具合を確かめてもらうようにしている。
まぁ簡単に言うとズボンの裾直し、と考えて貰えれば分かりやすいかもしれない。もちろんスカート丈や、大幅にお直しがいる場合は後日お渡しと言う流れにはなってしまうのだが。
「わかったわティナ。皆んな忙しいと思うけど、私も表に出るからここはお願いするわね」
「「「畏まりました」」」
残ったパタンナーに後をお願いし、鏡で
ティナ達店のスタッフにはメイド服ではなくお店の制服として、白のカッターにグレーのベスト、襟元には黒のリボンを付け、黒いフレアスカートは膝上までの長さに調整し、同じく黒色で統一させたパンプスとストッキングを履いてもらっている。
もう少し明るい色合いの制服がいいのかもしれないが、うちの店の主役はあくまでも服、そのためスタッフにはディスプレイされた服の邪魔にならない感じの制服を用意した。
これでも女の子の可愛さを引き立たせる為に頑張ってデザインしたんだよ。
もちろん裏方のパタンナーさんは制服ではなく、作業しやすい服を来てもらっているが、ディアナとイレーネに関しては念のため制服を着てもらっていた。
そして私が今来ている服だが、流石にブラン家の令嬢がみんなと同じ制服と言う訳にはいかず、白を基調としたノースリーブのワンピースに、付け袖を付け、スカートの丈は膝下までと少し落ち着いた感じの姿をしている。
当然これもお店の商品の一つだ。
この世界に日焼け止めなんて便利な薬は今のところ発明されていない。日中の日差しの強い中、肩だけ露出していたら変な焼け方をするんじゃないと心配されるかもしれないが、そこは私もお客様も良いところのお嬢様、外へ出るにも必ず日傘を差してくれる付き人がいる。
そこ! 鬱陶しいと言うなかれ、これが良家のお嬢様と言うものだ。うん、やっぱり私には向いてないや、日焼け止めの薬を開発しよう。
私が店頭に出て行くと、気づかれたお客様が一斉にこちらを向いてくるが、軽く笑顔で対応してからティナが視線で私の対応するお客様を示してくれるので、一人そちらへと足を運ぶ。
誰か意中の人にでもプレゼントするのだろうか? お客様は私には気づかず、熱心に並べられた商品を手に取って選んでいる。
なぜこのお客様が選んでいるのがプレゼントと分かったかって? だって目の前の方は女性のように線が細く髪の毛もサラサラだが、着ている服装から誰がどう見ても男性にしか見えない。この世界で女性が
それにしてもこんなにも熱心にプレゼントを選ばれているなんて、よほど相手の方を思っているのだろう、家族か意中の恋人かは分からないが、私が今着ている白いワンピースと同じ物を手に取り、熱い視線を服へと送っている。
「いらっしゃいませ、どなたかへのプレゼントでしょうか?」
私は男性の後ろから脅かさないよう優しく声をかける。
ここで恋人さんにですか? などと聞かないところがポイント、人によっては失恋直後だったり、品物の値段を気にされる方もいるので、あくまでもお客様から応えてくれる内容だけで商品を進めるのがプロの店員だ。プロじゃないけどね。
「えぇ、実は妹に何か買って来てほしいと……っ」
「妹さんにですか……!っ」
ブフッ、ななな、なんでここにおられるんですか!?
謀ったわねティナぁー!
***************
全く、僕は仕事で来ているというのにお土産を買ってこいなどと、兄をなんだと思っているんだ。しかもお店を指定した上に日にちも指定してくるなんて、兄上も可愛い妹のためだからと言って、予定の訪問日を無理やり変更させられてしまった。
これは母上に言って、妹をキツク叱ってもらった方がいいかもしれない。
今回、国の使者として父上からメルヴェール国王の様子を伺ってくるよう仰せつかった。
もちろん表向きは外交特使として、物流や人員の流れを通して友好関係を築くのが本来の目的ではあるが、その合間を縫って陛下の容態を探るよう命を受けている。
春先に行われたこの国の誕生祭、結局滞在中には陛下とお会いすることが出来ず、僕はその事を父上や兄上に報告した。そして数日後、放っていた密偵から届いたのが、現在メルヴェール国王が病に臥せっているという内容だった。
今この国は決して良い状態とは言えず、隣国である僕達の国でもその動向が注目されている。
本来なら他国の事情に干渉しないのが暗黙のルールだが、そもう言っていられない事情が起こりつつある。実はメルヴェール王国から難民として、大勢の人が我が国へと流れてきているのだ。
現在は人道的な面から支援や受け入れを行ってはいるが、このまま無条件で受け続けていると、国民を無理やり奪っているのではと疑われかねない。
まさかそんな馬鹿げた事で、メルヴェール王国と戦争まで発展する可能性は少ないと思うが、実際東に位置する隣国のレガリアでは、同じく北に位置するドゥーベ王国からの難民を受け入れた事によって戦争が起こったらしい。
それともう一つ気がかりなのが以前出会ったこの国の王子、あの時はただ挨拶するのに会話を交わしただけで、とても親交が深められたとは到底思えない。もしかすると僕が隣国の……だとすら分かっていないのかもしれないほど無関心だった。全くあんな者しか後継ぎがいないとは、この国の民達も苦労する事だろう、だから今のうちに我が国へと避難してきているのかもしれないが。
ここか?
妹に指定された店の前に来たが、どうも今日がオープンだったらしい。だからわざわざ日にちの指定をしてきたのか。
それにしても何故隣国にある店のオープン日まで知っているんだ? まさか密偵を私物化してるんじゃないだろうな、ん~、兄上は妹に甘いからなぁ、可能性はあるかもしれない。
取りあえず昨日で本来の目的である使者としての役目は終えた。結局陛下とのお目通りは出来なかったが、逆を言えばそれだけ容態が良くないという事だ。
同行者達には今日一日休むようにと指示しているので今頃各々で観光でもしている頃だろう、あとは妹のお土産を選ぶだけだで当初の目的は終わる。
全く、何だかんだと言いながら結局は妹の言いなりなんだから、僕も兄上のように甘いのかもしれない。他にも個人的な用事はあるのだが、流石に約束もしていないので急に会いに行くのも問題があるはずだ。うん、彼女の都合もあるしね。決して言い訳をしているんじゃないぞ。
カラン、カラン
「いらっしゃいませ、ブランリーゼへようこそ」
うっ……、店内に入るとそこは別世界だった。
ちょっと待て、服屋とは聞いていたがこれは女性の専門店ではないか。初めから知っていれば何としてでも断ったというのに、あいつは一言もそんな事を言わず、『ただの服屋さんだよ』としか教えてくれなかった。
まさかとは思うが僕をからかっているのではないだろうな。
それにしてもこの店で売られている服はどれも変わっている。今の暑い季節でも、ご令嬢や貴婦人方着る服は基本的に肌を露出する部分は少ないのだが、この店内に並んでいる服はその法則を一切守っていない。
こんな服を妹のお土産にしても……いや、これはこれで結構似合うのではないか? 兄の僕が言うのも何だが妹もそれなりに可愛い。それにこの肩を丸出しにした白いワンピース、彼女なら似合う気がする。
「いらっしゃいませ、どなたかへのプレゼントでしょうか?」
っと、ついつい彼女の事を考えていたら店員に声を掛けられてしまった。
もしこの場に妹がいれば、この服をプレゼントする口実に彼女の元へと行けと言われるかもしれないが、今のところ僕にはそんな勇気はない。ちょっとこの服を着た彼女の姿を見たい気もするが、まずは妹のお土産の品を選ぶのが先決か。
男の僕が一人女性用の服を握りながらブツブツ言っていればおかしな人と思われてしまうしね。
「えぇ、実は妹に何か買って来てほしいと……!っ」
「妹さんにですか……っ」
おい、何故彼女が僕の目の前にいる!? まさかサーニャのやつ謀ったなっ!
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