第19話 謎の侯爵家
「お嬢様、アデリナ様がお見えになりました」
本館の自室で仕事をしているとティナが私の元へとやってきた。
「時間通りね、私の部屋までお通しして」
机に広げていた書類やペンなどを片付け、お茶会が出来るように準備をする。
天気がいいので外の
コンコン
「お嬢様、アデリナ様をお連れしました」
「ありがとうティナ、お久しぶりですアデリナ様。わざわざ足を運んで頂きありがとうございます。本来なら私がお伺いするべきなのですが……」
「最後まで言わなくても分かっているわ、お久しぶりねリーゼ」
実は今日のお茶会は私からアデリナ様に持ち掛けた話で、本来ならこちらから公爵家に伺うべきなのだが、今の状況で元王子の婚約者である私が、ウィスタリア家に行くのはブラン家としても少々問題がある。
今ウィリアム様の妃候補として最も有力なのは間違いなくアデリナ様だが、その原因となったのは誰もが知る誕生祭の夜会での出来事だろう。そして見る人が見れば、私はアデリナ様に手を貸した形となっており、そんな私がノコノコと公爵家に行けばどうなるか、周りからブラン家はウィスタリア家に買収されたと思われ、中立の立場を崩しかねない。その為わざわざアデリナ様に伯爵家に来てもらい、話ができるようお茶会という体裁を取り繕ったのだ。
こうしておけば少なくともウィスタリア家の方がブラン家に接触してきたと見え、そしてブラン家がこの後も中立の立場を崩さなければ、この密会は失敗に終わったと勘違いする者もいるはず。
もっとも私もアデリナ様そんな考えは全くないし、ブラン家は今後もずっと中立の立場を崩すつもりはない。ただ個人的にはアデリナ様の味方をしたいとは思っているので、今日のお茶会を持ち出したのだ。
「それで私に話とは何かしら? リーゼの事だからただ交流を深めたいって訳でもないんでしょ?」
「話が早くて助かります、まずは紹介をさせて頂きますね」
そう言ってティナを私の隣へと呼ぶ。
「こちらは私の専属メイドのティナといいます、本日お茶会は彼女一人がお世話をさせて頂きますので、何かとご不便をおかけするかもしれませんが、平にご容赦くださいませ」
普通お茶会を開く場合、大勢のメイドや使用人を使い盛大なおもてなしをするのだが、今日この場にいるメイドはたったの一人。
貴族同士の付き合いではお茶会一つでその家の品位が問われ、センスが良ければ人が集まり、その逆なら悪い噂が広まったりする。お母様の言葉を借りるなら、お茶会と社交界は女の戦場なんだとか。私としてはそんなお茶会は是非ともご遠慮したいところだ。
「構わないわ、今日ここにいるのは公爵家の人間としてではなく、私個人として来ているのよ。例えどんな話が出てきてもお父様にも話すつもりはないわ」
「ありがとうございます」
心配はしていなかったが、アデリナ様も今から話す内容がどのようなものか理解してもらえたようだ。
「アデリナ様はダグラスと言う人物をご存知でしょうか?」
ティナが隣でお茶の準備をする中、私は話を始める。
「ダグラス? えぇ知っているわ。フェルナンド侯爵家の跡取りよね? 確か私の一つ上だったかしら?」
アデリナ様が私の一つ上なのでダグラス・フェルナンド様は二つ年上と言う事になる。
「彼がどうかしたの?」
「一ヶ月前の夜会の事は覚えておられますよね、私がベルニア王妃に絡まれた件なんですが」
「えぇ、それはもちろん。あの時のリーゼとコーデリア様のお陰で、私はウィリアムの婚約者候補としてほぼ確定したようなものですし」
一ヶ月前に起こった夜会の一件以降、アデリナ様の支持者は急激に上がったと言われている。元々5対3対2でアデリナ様が有利だったのだが、あの日の一件でエレオノーラを支持していた3割のうち2割の人間がアデリナ様に移り、私を支持していた残りの2割が中立の立場を見せたことから、事実上アデリナ様の勝利とされている。
「あの時おかしいとは思いませんでしたか? 何故ベルニア様があの場に来られたのか、何故聞いていなかった内容まで知っていたのか」
「それはどういうことかしら? ベルニア様はただ騒ぎが起こったから止めに来られただけで、特におかしなところは無かったと思うんだけれど」
まぁ、そう考えるのが普通だと思うし、別段おかしなところは無かったと感じるのが全員の共通認識だろう。だけど私はたった一つだけ引っかかる事があったのだ。
「ベルニア様はおっしゃいました、私が『ウィリアム様の妃候補から降りると言っていたわね』と、あれは最初からその場に居ないと知ることができないセリフです」
「でもそれはベルニア様を呼ばれに行かれた方が説明をされたんじゃないの?」
「もちろんそうです。ですがあの場でベルニア様に直接話を持っていける人物が果たして何人いると思われますか? それに状況を沈静化させる為に呼びに行っているのなら、わざわざ私が妃候補から降りると言う事まで説明する必要が何処にあると言うのです?」
ベルニア様が来られたのはエレオノーラが責められている時、それまでの話は間違いなく聞いていないはずなのに、私達のところに来られた時には今までの話の内容が全て伝わっていた。
仮にエレオノーラとウィリアム様の声は大きかったので、遠くから聞こえていたのかもしれないが、私は周りの人達にしか聞こえないような大きさで話していた。つまりは誰かがベルニア様に会話の内容を伝えたという事なのだが、そもそもあのような独裁的な人物を誰が呼びに行くというのだろうか、もし真面な人間なら公爵様を呼びに行くのではないか? あの場には陛下はおられなかったと言う話だし、ウィリアム様を止められるのは同じ王家の血を引く二大爵位の人間、しかも最上級の公爵様しかありえない。
「言われてみればそうよね、このような事を言ってはいけないのだけれど、ベルニア様は貴族たちから余り良くは思われていないもの。あの場を解決させるならお父様か他の公爵様にお声をかけた方が確実だわ」
「あれから少し調べさせてもらったんです。もっとも私個人では限界がございますのでお父様やお母様にお伺いした事がほとんどなのですが、その中で気になる人物が一人……」
「それがダグラスと言うわけね」
「はい、あの方は現在お城で王子の付きお仕事をされていると伺っておりますし、出身がフェルナンド侯爵家と言う事が引っ掛かりまして」
「フェルナンド侯爵家、ベルニア様の実家という事かしら? 良く知っていたわね」
「えぇ、まぁ……」
お母様から今度注意するようにとベルニア様の事を少し教えられた、その中で出てきたのがフェルナンド侯爵家の名前だった。
正当な爵位を持つ者の中で、唯一領地を持たずに爵位を名乗れるのが侯爵家である。
ここで少し公爵家と侯爵家の違いを説明をしたい。
この二大爵位に王家の血が流れているのは知っていると思うが、具体的に何が違うのかを知る人は少ないのではないだろうか。
まず根本的に異なるのが国からの援助が永久的にあるかどうかと、世襲制が永遠に続くかどうかの違いである。
公爵の地位には先祖代々から受け継がれる爵位と広大な領地が与えられており、資金面でも国からの援助を毎年受ける事が出来る。だけどその代わりに陛下の血を分けた王弟の受け皿となり、王家から出られた後も何ら不自由のない生活を支援し続けなければならない。
もっとも、ほとんどの王弟の方は幼少の頃よりいろんな教育を受けられており、公爵家からの援助を受けながら陛下に仕えるか、新たに商会などを立ち上げられて自立しようとされる方がほとんどで、公爵家の負担は最初に暮らすためのお屋敷と、ある程度裕福な生活が出来る費用を負担されるだけで済むのだとか。それだけでも他の下級貴族からしてみれば十分な負担になると思うのだけれど、公爵家の収入力と国からの援助の前にはそれ程難しい事ではないらしい。
次に侯爵の方だが、先ほど出てきた王家から出られた王弟や、何らかの理由で嫁がれなかった王女様が名乗られる爵位で、治める領地を持たず国からの援助は最初の一度だけ、更に爵位を名乗れるのも王弟の方で三世代、王女様で一世代までと、公爵の爵位に比べると非常に条件が厳しい。
もちろん公爵家からの援助は受けることが出来るのだが、それはあくまで王弟や王女様に対してで、そこにお子様の養育費や二代目以降の援助は含まれておらず、何も考えていない二代目や三代目が裕福な生活水準を維持しようと、多大な借金を抱えてしまい、挙句の果てに不正や横領等に手を染めてしまう事は良くある話。
中には自らの力で実績や国への貢献度を高め、爵位を名乗れる延命を伸ばしたり、何処かの領地を任されたりする事もあるのだが、多くの者は侯爵という地位に
ここで一番楽して領地を得るにはどうするのが良いか分かるだろうか? それは領地を持つ有力貴族と結婚する事、しかも女児しか跡取りがいない家系ならば爵位を持って嫁いでくるのだ。
例えば私がいるブラン家で言うのなら、現在お父様のあと伯爵を継ぐのは長女であるオリヴィエお姉様。もしお姉様が侯爵様と結婚した場合、伯爵の地位と領地は嫁いだ先の侯爵家の物となり、お姉様達のお子様に爵位を継がすことができる。こうすればいずれ侯爵を名乗れる世代が過ぎたとしても、伯爵の地位と領地は永遠に手元に残すことが出来る。
まさかこんなバカげた事を考える侯爵家がいるのかと思うかもしれないが、実際お姉様を巡って二つの侯爵家が争っていたらしい、しかも当の本人はおろかブラン家の当主であるお父様も知らない場所でだ。
生活が苦しい侯爵家からすれば、公爵領と同等の領土と資金力を持つブラン家は喉から手が出るほど欲しい存在だったのだろう、ある日突然お姉様を妻に欲しいとやってきた侯爵様が、自らの欲望のまま息子と結婚できる事がどれだけ素晴らしいかを語り、お父様の逆鱗に触れた事は言わなくても分かるだろう。
正直無能な侯爵家と繋がりを持てたとしても、今のブラン家は何の得にもならないのだ。
何故侯爵家には公爵家のように優遇されていないかよく考えてみて欲しい、いくら王家に生まれたとしても、陛下の血を分けた一世代目の王子王女様ならともかく、次の世代、また次の世代と爵位を与え続けていれば侯爵家は無限に増殖し、中には国に謀反を起こそうと考える輩が現れないとも限らない。その為に爵位を名乗れるのを限定し、資金的な援助も血を分けた兄妹までと定められているのだ。
そして問題のフェルナンド侯爵家だが……
「確かあそこは今の侯爵様の実績が買われ、20年ほど前に領地を与えられたのだったわね?」
「はい、正確には当時不祥事を起こして爵位を取り上げられた貴族がおり、その領地を代行される形で治められていたのですが、その翌年に正式に領主として選任されたそうです」
「えっ? それは本当の話なの? 代行を任された翌年にもう領主に選任されたってそんな事有り得るはずが……ちょっとまって、20年前と19年前……」
流石アデリナ様、全く私と同じところで気付かれたようだ。
20年前と言うのは先王が亡くなられた年で、翌年陛下の喪が過ぎた年に今の陛下が就任され、同時にベルニア様が王妃となられた年。
もし私の考えが正しければフェルナンド侯爵様は何らかの方法で貴族の不正を暴き、その報酬として貴族が治めていた領地の代行を任され、自分の妹であるベルニア様を当時まだ王子だった陛下の元へと遣わした。代行を任された領地を自分の物とする為に……ここだけの話だが、もしかすると貴族の不正自体が仕組まれた事件かもしれないと私は考えている。
「リーゼ、あなたは一体何を考えているの? まさか先王様の死が仕組まれた事だとでも言うのではないでしょうね?」
「そこまでは考えておりませんが、何らかの関わりがあるのではないかとは思っております」
私が言っている事はあくまで想像の域を超えない、だけど実際20年前の前後に不思議な事件が幾つも起こっており、その中にはお母様の両親が起こした事件も含まれている。
当時の事は話せる範囲でしか教えてもらえなかったが、もしかして貴族の中にも疑問に思っていた人がいたのではないだろうか?
だけど相手は上級貴族でもある侯爵家、迂闊に探ろう物なら王家を敵に回しかねない。もしそんな事が可能な者がいるとすれば公爵家かその一族に連なる者だけ。
「でもリーゼが言っている事が本当なら、誰かが前陛下の死を疑い調べたんじゃないの?」
「アデリナ様は以前おっしゃいましたよね、今の陛下にはもう一人妃候補がおられたと。その方は当時グリューン公爵様の弟君であるセネジア様のご息女、元々既に公爵家から出られていたそうなのですが、当時のご息女は大変優秀な人物だったらしく、ベルニア様より有力候補だったそうです。そしてセネジオ様は前陛下の死後お家が取り潰しになっております」
「よく調べたわね、当時の事は
アデリナ様もまさか当事者本人から聞いたとは思ってもいないだろう、お母様はこの国に未来が無い事と私の危険を回避する為に当時の出来事を話してくれた。これはアデリナ様にも話せないが、お母様の父親であるセネジオ様は当時の王子様、つまり今の陛下からある勅命を受けていたらしい、すなわち前陛下の死について。
ここからは私の推測に過ぎないが、セネジオ様は事件の核心に迫ろうとしていたのではないだろうか? そしてそれが何者かにバレ逆に罠に嵌められた。
結局当時の事件の概要は未だに謎に包まれたままだが、私が考えている事が正しければ彼らの計画はまだ終わってはいない。
「アデリナ様、とにかくフェルナンド侯爵家とダグラス様には注意してください。今のこの状況、20年前の事件と余りにも似ているのです」
もしベルニア様、いやもしかしたらフェルナンド侯爵家が裏から操り、彼らが推しているのがエレオノーラだとすれば、今のアデリナ様の存在は当時のお母様の立場と余りにもそっくりなのだ。まさか正当な公爵家をどうにか出来るとは思わないが、現在国を統べる陛下が病に伏せられ、ベルニア様の発言力が高まりつつある現状では何が起こるか予想がつかない。
もし今のアデリナ様の身に何かが起これば間違いなく国は破滅する。
「分かったわ、あなたの言う事だものきっと重要な意味があるのでしょ。フェルナンド侯爵家とダグラスには細心の注意を払うわ」
「本当はもっとお力になりたいのですが……」
「いいえ、十分よ。リーゼの立場もブラン家の立場も分かっているつもりよ。その上で私はあなたの事を信頼している、これでも人を見る目は確かだと自分でも思っているのよ」
「ありがとうございます。私に出来る事は少ないかもしれませんが、お力になれる事があれば相談してください」
「えぇ、ありがとう」
その後私たちは友好を深めるながらささやかなお茶会を行い、お互いの夢や未来について話あった。幸い私たち二人のお茶会は噂にもならず、ほとんどの者が知らないまま終了した。
そして季節はいよいよ夏に差し掛かろうとしていた。
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