伊吹の出生の秘密(1)
「颯太さん、ありがとう」
自分を少しも疑わずに頼ってくれた一凛に颯太は心の中で詫びた。
激しい雨に叩かれ窓ガラスが鳴る。
それさえも祝福に感じられた。
外は嵐だった。
唸るような雨風の音で一凛と颯太は部屋の外で物音がしたのに気づかなかった。
勢力を強めたり弱めたりしていた雨は、ついに怒りを爆発させたように世界を己の力で沈めようと降り注いだ。
延期になっていた生贄の儀式は今度こそ行われるだろうと、早く行わなければと人々の意識が熱を帯びてくる。
切れかかかった蛍光灯は今は消えている時の方が多く、時々思い出したようにパッと明るくなったりする。
遠くで雷が轟いた。
それに混じって聞こえた微かな物音を伊吹は聞き逃さなかった。
「そろそろ来ると思ったよ。動物園は厳重すぎてこの前にみたいに入り込むのは無理だろう」
俯いたままそう言った伊吹は顔を上げると音のした背後を振り返った。
「なぁ一凛」
この前ベッドに横たわっていた時は気づかなかったが一凛の髪はまた長く伸びていて、昔の一凛に戻っていた。
「ハルに会わせて」
生贄の儀式が発表されたのは昨日の朝だった。
「赤ん坊は?」
伊吹は一凛が一人なのを見て訊ねる。
「最後にハルに会わせて」
「俺だって赤ん坊に会わせて欲しいな、父親なのに」
「ちゃんと会わせるから、その前にハルに会わせて」
なんだよ、その取引きみたいのはと伊吹は苦々しく呟く。
「分かったよ、会わせるさ。でも儀式が終わったらこれからの事をちゃんと話し合おう」
一凛は首を横に振った。
「伊吹とは結婚できない。わたしが愛してるのはハルだけなの」
壁に投げつけられたビーカーが砕け散る。
一凛は首をすくめた。
「ふざけんな、子どもはどうするんだよ」
「わたし一人で育てる」
一凛は固く唇を結び伊吹を睨む。
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