依吹(8)
明かりのついた一階の部屋からテレビの音が漏れ聞こえてくる。
まさかここの住人は二階にゴリラがいるとは夢にも思わないだろうな。
依吹はタバコを取り出し火をつけた。
一本をちょうど吸い終わる頃反対側の窓を叩かれる。
見ると一凛が手招きをしていた。
軋む階段を一歩一歩上がる。
足に体重をのせる度に体がわずかに沈んだ。
立ち止まった扉の前は電球が切れているのか暗かった。
一凛の跡をついて暗い部屋の中に足を踏み入れる。
人ではない生き物の匂いが鼻をつく。
依吹もよく知っている匂いだ。
目が慣れずに立ち止まっていると、カーテンをひく音がし、ぼんやりと辺りが明るくなった。
灯されたのは一つの薄暗い裸電球だった。
その下に。
最初にすぐそれがハルだと依吹は分からなかった。
「久しぶりだな」
驚く依吹に先に声をかけたのはハルだった。
「ハルか?」
「少しは人間らしく見えるか?」
ハルの冗談に反応できないほど依吹は呆然とその場に立ち尽くす。
ところどころ血が滲んだ肌にまばらに毛が生えている。
依吹には黒く見える血は毒々しい。
「まだ少し毛が残っている箇所もあるが、これでも一凛は剃るのが上手くなったんだ」
ハルは剃り残した毛を指でなでる。
美しかった黒い毛はほとんど剃り落とされ、成熟したオスのゴリラの証である白く光る背中はただれていた。
栄養状態が良くないのか、逞しかった体つきは影りを見せている。
かつての堂々としたハルの面影はまったく残っていなかった。
依吹は一凛の腕を掴むと部屋を出て、そのまま階段を下りる。
ハルは黙って二人が部屋を出て行くのを見ていた。
「話がある、とりあえず車に乗れ」
依吹は一凛を車に押し込めると自分も一緒に乗り込んだ。
「いったいどういうことだ、なんだあのハルの姿は」
大声になった。
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