依吹(9)
ずっと我慢していた感情をこれ以上抑えきれなかった。
「仕方がなかったのよ。
ハルをずっとあの狭い部屋に閉じ込めておくわけにいかないじゃない。
外を歩くときに毛がない方が目立たないから、だから」
「あれが、アニマルサイコロジストの一凛がすることなのか、あれじゃまるで動物虐待じゃないか」
一凛が息を呑んだ音が聞こえた。
言い過ぎたかとも思ったが、あのうす暗い部屋に佇むハルの姿はあまりに異様だった。
あそこに一凛とハルが一緒にいるところを想像しただけで全身鳥肌が立った。
「じゃあわたしにどうしろと?ハルをずっとあの暗くて狭い部屋に閉じ込めておけと?」
依吹は一凛の肩を掴んだ。
「一凛、正気か?この状況が変だと思わないのか?」
息が届くほどの距離で依吹は一凛の瞳をのぞき込む。
怯えた目をされ気持ちが怯み視線を逸らす。
一凛のこめかみに黒い毛がついていた。
心の中で舌打ちをしさらに視線を下に逸らすと一凛の白い首が襟元からのぞいて見えた。
その奥にまた黒い毛と、花びらのような跡があった。
「依吹なにするのよ、やめて」
気づくと一凛の服のボタンに手をかけていた。
「服脱げよ、まさか体中ハルの毛だらけなんてことはないだろうな」
お互いの視線を絡ませたまま、数秒だった。
とても長い数秒だった。
「そうだったら駄目?」
一凛は言った。
「なに言ってんだよ。自分で言ってる意味分かってんのか」
ドアを開け外に出ようとする一凛の腕を掴み、もう片方の手でドアにロックをかけようとするが激しく抵抗する一凛と揉み合いになる。
「いたっ」
わざとではなく依吹の腕が一凛の顔に激しくぶつかった。
腕時計をはめた方の手だった。
一瞬依吹の脳裏にハルの充血した目がよぎる。
頰を押さえた一凛が顔をあげる。
「ハルを愛しているの」
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