依吹(7)
「だってわたしは動物のための仕事をしているんだもの」
「最近よく一凛の代わりにテレビに出てるうさんくさい女、なんて名前だっけ?」
一凛をちらりと見る。
「ほんとうに自分の仕事をまっとうするなら、たった一頭のために全てを棒に振るような賭けはすべきじゃないんじゃないか。
自分の立場を守るのも、それによってこれから一凛に守られるたくさんの動物たちのことも考えれば、ハル一頭にその将来を奪われるのはどうかと思う」
またちらりと一凛の方を見る。
「でもハルと出会わなければ、わたしはアニマルサイコロジストにはなっていなかったもの。ハルはわたしにとって特別なの」
「その特別ってさ、どういう意味?」
「どういう意味って?」
依吹はハンドルを握った指を苛立たし気に動かす。
「依吹の言いたいことは分かる。もしかしたらわたしは自分の職を失うかも知れない。でもそれがハルのためにだったらいいの」
「だからそういうのってさ、まるで」
依吹の言葉を一凛は強引に遮った。
「依吹だったら分かってくれるでしょ?だって依吹もほんとうに動物たちのこと思ってる人だから、だからわたしの気持ち分かってくれるでしょ」
それ以上何も言わせないような言い方だった。
ガラスを叩く雨の音とワイパーの規則正しい音だけが車内に響く。
「分かるさ、なにかのために一途になるってことぐらい」
依吹はため息をついた。
この話はここで終わりだというように一凛は
「なにか音楽かけていい?」
と訊いてくる。
依吹は無言でうなずいた。
ようやく着いた町は水底に眠っているように静かだった。
一凛の誘導で人通りがまったくない細い路地をゆっくりと進む。
ちょっとここで待ってて、と一凛は小さなアパートの前で車を止めさせると、細い階段を上がっていった。
窓を少しあけて外を覗く。
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