依吹(4)


 声が少し震えた。


 本当は一凛の両肩を掴んで揺さぶりたかった。


 激しく一凛を責めそうになる気持ちを懸命に抑える。


「ごめん」


 やっと聞こえるほどの声だった。


「でもね、ハルがスタッフを襲ったのはちゃんとした理由があるの」


「知ってる、聞いた」


 一凛は無言で、だったら分かってくれるでしょう?といった表情をする。


「にしても俺に黙ってハルを連れ出すなんて無茶すぎる。こっちは警察とマスコミで以前以上に大騒ぎだ。もう少し他に手はあっただろうに」


「それに関してはほんとに申し訳ないことをしたと思ってる」


「とりあえず俺だけには居場所を教えろ」


「依吹お願いがあるの」


 一凛はイギリスに渡って向こうの動物愛護団体に助けを求めるつもりであることを話した。


「でもそれってすべてが公になるってことだよな。うちの動物園はもっと窮地に追い込まれることになる」


 一凛は申し訳なさそうにうなずく。


 伊吹は長い間黙っていたがやがて言った。


「分かった。好きにすればいい」


「ほんとに?」


 依吹は一凛の横に腰をおろした。


「俺、子どもの頃からずっと思ってたし、一凛の本を読んでからもっとその思いは強くなってた。


 ほんとうは動物園なんかない方がいいんだ。


 親父が死んじまって俺が跡を継がなかった時にすべての権利を売ってしまえばよかったんだけどさ、姉貴がどうしてもって言うから。


 今回は売らずにそのまま閉園してもいいかと思う」


 そこまでしなくても、と焦る一凛を細めた目で依吹は見る。


「俺にはこの仕事もあるし」

 

 依吹は両手を広げて研究室を見回した。


 一凛がイギリスにいる間ハルはどうするのかと訊ねる。


 一凛がまた申し訳なさそうに応えると依吹は笑い出した。


「他に頼れる人がいないの」


 一凛は必死だった。


 髪を短くした一凛は子どものように幼く見えた。




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