依吹(5)
「分かったよ。いつかこの借りは返してもらうからな」
「ええ、分かってる」
「返えせんのかよ」
依吹はまた笑った。
「なぁ、一凛」
依吹は短くなった一凛の髪に手を伸ばす。
一凛の肩で黒い何かが光った。
手に取る。
黒い毛だった。
墨汁のような真っ黒な塊がぽとんと胸に落ちじわじわと広がる。
「とりあえずハルに会わせて欲しいな」
依吹は手を握りしめた。
今日じゃなくてもとしぶる一凛をどうにか説き伏せ助手席に座らせると依吹はアクセルを踏み込んだ。
一凛が口にした町は車を五時間ほど走らせたところにあった。
「依吹は誰に聞いたの?」
フロントガラスを流れる雨はワイパーで払って払っても視界を歪ませる。
「なにが?」
「死んだスタッフがドラックやってたって」
ああ、と依吹はワイパーの速度を早めた。
スタッフの若い女性の名前を言うと一凛はしばらく黙り込んだ。
「わたしがもし警察に捕まるようなことがあったら、そのときは今日のこととか全部なかったことにしてね」
「言ってる意味分からないんだけど」
「わたしには関わっていないことにして。ほのかにも依吹にもこれ以上迷惑かけたくないの」
「充分すぎる迷惑かけておいてよく言うよ」
一凛は消え入りそうな声でごめんと謝る。
依吹は横目で一凛を一瞥する。
「一つ訊きたいことがあるんだけどさ」
「なに?」
「なんでそこまでハルのためにするんだ?」
事件の真相が公になって困るのは依吹の動物園だけではない。
全てを話すのなら一凛がハルを連れて逃げたことも話さなければならないだろう。
現に警察はそのことに気づいていると一凛は言う。
一凛の計画が上手くいってハルが無事保護されることになっても、今回の一凛の無茶な行動を世間はどう取るだろうか?
賛同する者よりも批判が多いのではないか。
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