ほのか(1)


 タイムスリップしたようなレトロな喫茶店でほのかはベイプを口にしようとして止めた。


 店内が霞むほどのタバコの煙を吸い込みながら、タールフリーの煙を吸うのも馬鹿らしいと思ったのだ。


 レジのところでタバコを売っていたのを思い出し固いソファーから立ち上がったとき、カランとベルが鳴って店の入り口が開いた。

 

 雨に少し濡れた一凛は店の奥にやってきた。


 一凛はすぐにほのかに気づいたが、ほのかが一凛だと気づいたのは、白いマスクの下から「久しぶり」とその声を聞いてからだった。


「どうしたのその髪」


 腰まであった一凛の長い髪はばっさりと肩の上で切り揃えられていた。


「これだとすぐにわたしだって分からないでしょ」


「変装のつもり?」


 ずっと連絡がつかなかった一凛からやっと電話がきたのが先日。


 絶対に居場所を教えようとしない一凛をどうにか説き伏せて、最後に別れた町で今日待ち合わせたのだ。


「元気そうじゃない」


「やつれて悲壮感漂わせてるのを期待してた?」


 マスクを取った一凛の顔は少しだけ痩せたように見えたが、それ以外はあまり変わっていなかった。


 いや全く変わっていないというのは違った。


「前よりも優しい印象になった」


「以前はそうじゃなかったってこと?」


「そうじゃないけど」


 ほのかはどう説明したらいいか分からなかった。


 が、目の前の一凛にまとわりつく空気が前よりも柔らかくなっている。


 愛されている女がもつ空気だ。


 ほのかは直感した。


 激しく心臓が打ちつけた。


 息が止まりそうになり思わず口に手をやった。


 目を閉じた。


 自分の瞼が痙攣するように震えているのが分かる。


 それを見つめる一凛の視線を感じた。


 激しく黒く渦巻くものを必死に抑える。


「馬鹿なことしてると思ってるでしょ」


 一凛の言葉で固く結んだ目を開く。



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