颯太(6)
他に誰も人がいないだけになんとなく目がいってしまう。
考え事でもしているのかその女性はふらふらと雨の中を漂うようにして歩いている。
一凛ちゃん?
まさかと颯太は目を凝らした。
颯太から顔がはっきり見えたのは一瞬で、女性はその大きな黒い傘に隠れてしまった。
いや、きっと人違いだ。
颯太は思った。
顔はよく似ていたように見えたが髪が短かった。
一凛の髪はもっと長い。
それでもなぜか気になって黒い傘を目で追う。
早足で追いかければすぐに追いつけそうだった。
颯太は道を渡った。
一凛でないと分かればそれですっきりする。
黒い傘にどんどん近づく。
もう少しで颯太が追いつこうとした時だった、黒い傘が急に走り出した。
颯太は最初自分がストーカーか変質者に間違われたのかと動揺したが、そうではないようだった。
それでも自分から逃げているように思え、意地でも顔がはっきり見たくなって颯太は追いかけた。
黒い傘は走るのが早く颯太も本気で走らないと追い越せないかと思い始めたとき、傘は一軒のアパートに入っていってしまった。
小さなアパートで、少しして二階の部屋の一つに灯りがついた。
カーテンの隙間からわずかに漏れる光に雨が照らされる。
颯太は来た道を引き返そうとしてもう一度灯りの漏れる部屋の窓を見上げる。
颯太もなぜ自分がそんなことをしたのか分からない。
その時は何も考えていなかったと言ってもいい。
深くは考えずに気づけば体が動いていた。
颯太はアパートの前まで行くと傘を閉じ、静かに階段を上がった。
二階に上がるとどの部屋に女性が入っていったのかすぐに分かった。
足音を忍ばせ隙間から灯りが漏れるドアの前に立つと中から話し声が聞こえてきた。
耳をそっとドアに近づける。
「ハル」
顔を見る必要はない。
一凛の声だった。
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