颯太(5)
本当にハルを動物園から連れ出してよかったのか、他に方法があったのではないか、悔いはどんどん広がる。
なぜ自分はドラック中毒のスタッフの存在に気づかなかったのか、メスのゴリラをもっと注意深く観察していたら気づいたかも知れないのに。
なぜハルの移動を承諾してしまったのか。
いやそれよりもハルのような天才型のゴリラが普通の動物園で展示されていることじたいが間違っているのに、なぜ自分はそれを放置してしまったのか。
吞み込まれそうになる自責の念から一凛は逃れるように走った。
今の状況をつくったのは全て自分に思えた。
駅に降り立つとホームに人は誰もいなかった。
颯太はポケットに手を突っ込んで辺りを見回す。
彰斗の別れた彼女から颯太に電話がかかって来たのは今日の昼過ぎだった。
彰斗が実家まで押しかけて来て困っている、どうにかしてくれと言うのだ。
どうにかしてくれと言われても困ると言うと、他に頼む人がいないのだとすがられる。
これ以上しつこくされると警察に電話することも考えていると言われたところで、颯太は自分が連れて帰るとつい約束してしまった。
電車の乗り継ぎの間に何十回目かの電話を彰斗にかけると、電話口に彰斗が出た。
どこにいるんだ、とそれだけ訊くとスナックで飲んでいると言う。
電話の向こうから陽気なはしゃぎ声とタンバリンを叩く音が聞こえてくる。
「次は彰斗ちゃんの番ね〜」女性の声がした。
このまま引き返そうかと思ったが、目の前に電車が滑り込んできた。
それに乗れば彰斗のいる駅までたったの二駅だった。
降り立った二駅目のホームで彰斗から聞いた店の名前を検索すると駅からそう遠くはなかった。
改札を出て通りに出ると誰も歩いていない。
この辺りの人は車が足代わりなのだろう。
それにしても夜が早い町だなと、颯太が傘を広げ歩きだした時道の反対側を歩く女性が目に飛び込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます