事件の真相(4)



 ハルは新しい檻ですぐにメスたちの異変に気づいた。


 それはとてもわずかな違いであったが人間には分からなくても同じゴリラのハルには異質な匂いとして感じ取ることができた。


 それがスタッフの男の一人が持ってくる食べ物に原因があるということもすぐに分かった。


 その男は動物園が閉園したあと通常の食事以外のものを持ってやってくる。


 いつもゴリラたちの好物の甘い果物ばかりだった。


 ハルがその男の持ってくる果物を口にするどころかその男に近づこうともしなかったのはその男から発せられる異臭のせいだった。


 それはメスのゴリラの体から臭うものと同じだった。


 微々たる匂いのメスのゴリラたちと比べその男の匂いは強烈だった。


 男の臓器という臓器がすべて腐りそれを薬品づけにしたような匂いだった。


 その匂いを色にしたような淀んだ目をその男はしていた。



 男の持ってくる熟した果実を食べたあとメスのゴリラたちは数時間ぼんやりと寝転がったまま雨に打たれたり、岩を登ったり下りたりの同じ行動を数時間繰り返した。


ハルは男の持ってくるものを食べるなと何度かメスのゴリラたちに忠告したがメスたちはそれを理解しなかった。


 幸い子どものゴリラは大人のゴリラよりも嗅覚が鋭いのか匂いのする果実に手を伸ばそうとはしなかった。


 男が羽織っていた上着の内ポケットから小さな注射器を取り出したのに気づいたハルは男に近づいた。


 男は後ろめたさもあったのだろう、必要以上にハルを畏れた。


 男は手に持っていた太い棒を振り回した。


 ハルが注射器を奪おうとするとハルの腕を何度も殴りつけた。 


 どんな強靭な人間の男でもハルにとっては赤ん坊と同じくらい非力だった。


 半狂乱の男をそっと振り払っただけのつもりだった。


 男はまるで中が空っぽのようにひゅんと宙を舞った。


 変な音を立て壁にぶつかるとそのまま動かなくなった。



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