事件(1)
こんなことが起きたにも関わらず、動物園は遠足の小学生たちで溢れかえっていた。
まだハルの件は外部には漏れていないのだろう。
大きめの傘を傾け一凛は小さな傘の群れをぬうようにして進んだ。
ゴリラの檻の方から歩いてきた子どもが不満そうに隣を歩く大人に話しかける。
「先生、なんで今日はゴリラ見れないの?つまんないよ楽しみにしてたのに」
ゴリラの檻の入り口には進入禁止の三角コーンが置かれ、貼り紙がしてある。
『きょうはゴリラさんはおやすみです』
一凛は三角ポールの横をすり抜ける。
三頭のメスと二頭の子ども達は一カ所に固まるように身を寄せていた。
見る限りトンゴの姿はなかった。
そしてハルも。
ゴリラ達はみな同じ方向を見つめている。
その視線の先で一人のスタッフがホースから水を流しながらデッキブラジで壁をこすっている。
一凛は思わず顔を背ける。
黒い血だった。
心臓が高鳴る。
重症だというスタッフの血だろう。
いやでもまさかハルのものではあるまい。
依吹はハルのことは何も言わなかったが、もしかしたらハルも傷を負っているのも知れない。
一凛は壁についた血に目をやる。
見てもそれが人のものなのかハルのものなのかも分かるはずもないのに。
壁をこするスタッフの背中を見ながらふと思った。
自分はハルのことばかり心配している。
怪我を負ったスタッフは重症だというのに。
その人の家族のことを思うと胸がきりりと痛んだ。
でもハルは理由なく人を襲ったりしない。
何か深いわけがあるはずだ。
依吹が言う動物園側が自分に隠したい何かがそれなのだと一凛は直感していた。
ハルを守れるのは自分しかいない。
一凛は掃除をしているスタッフから一番近いのぞき窓に寄ると厚い二重のガラスを叩いた。
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