嫉妬(1)
「一凛先生」
キリンの檻の前で園長に呼び止められる。
「いやいや、先生は本当にお忙しいんですね、なかなか捕まらない」
このキリンの檻が最後の調査対象だった。
今日か明日中に報告書をまとめればこの動物園での一凛の仕事は終わりだった。
「それでこの前のハルの件、考えてくださいましたか?で、いつから取りかかります?」
園長は一凛が引き受けることを前提に訊いてくる。
「あの、わたし」
「お願いしますよ、先生」
園長は一凛を拝むように手を合わせ頭を下げる。
一凛が断ってもハルの移動は試みられるだろう。
下手をするとゴリラたちの体や心を傷つけかねない。
何よりもハルが心配だった。
「分かりました。ではちょっとハルに訊いてみます」
不思議そうな顔をする園長に「とりあえずこの仕事を先に終わらせますから」と一凛は強引に話を終わらせる。
じゃあ、よろしくお願いしますよ、と何度も頭を下げる園長を一凛は見向きもしなかった。
一凛は苛立っている自分に苛立った。
まるで自分のおもちゃを取られていじけている子どもと同じゃないか。
動物たちに自分を捧げる仕事をしているのに、自分のエゴでハルが幸せになることを素直に喜べない。
自分が言ってきたこと書いてきたことが、上っ面だけの綺麗ごとに思えてくる。
ハルの檻に行く途中で他のゴリラたちがいる生態系展示型の檻に寄ってみる。
それはもはや檻というより隔離された小さなジャングルだった。
従来の鉄柵ではなくところどころ二重でできた強固なガラスがはめ込まれている。
訪れた客は見下ろすようにして360度どこの角度からも中をのぞくことができる。
二匹のメスと一匹の子どもがそれぞれ寝転がっているのが見えた。
残りは一凛のいる角度からはどこにいるのか見えない。
大きな岩や生い茂る木の影になっているのだろう。
トンゴは今日も外に出て来ていないのかも知れない。
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