嫉妬(2)
子どものゴリラが一匹のメスに駆け寄る。
母親なのだろう子どものゴリラを抱くように自分の体に寄せる。
その横にハルの姿を想像した。
オスのゴリラは優しく、中には子育てを手伝うものもいる。
トンゴもそうだった。
ハルの新しい檻も悪くはないが、こちらの方が何倍も広い。
母ゴリラが大きな口を開け何か叫んでいるように見えた。
でも声は聞こえない。
はめ込まれた強固なガラスは中とこちら側の音を遮断した。
ハルがここに移ると今のように会話ができなくなってしまう。
ハルはすぐに他のゴリラたちに快く迎え入れられるだろう。
そしてハルは気に入ったメスのゴリラと子どもを作り、ここはもっと賑やかになる。
ハルは自分のことなど思い出すこともなくなるだろう。
でも、と往生際の悪い考えも芽生える。
野生のゴリラの全てが自分の群れを持つわけではないのだ、オス同士かたまったり、単独で行動する者だっている。
ハルが独りっきりでいることは必ずしも不自然なことではないのだ。
それにもしかしたらハルはジャングルにいたとき単独行動をしていたかも知れない。
天才型ゴリラのハルなら充分にあり得ることだ。
それだったらむしろ今のように独りだけの檻で生活する方がハルにとって幸せかも知れない。
そうしたらこれからもずっとハルのそばに寄れて話をすることもできる。
または、やはりハルはちゃんとした研究機関に行くべきなのではないだろうか?
天才型なのだ。
普通のゴリラたちと生活するのはむしろ苦痛なのではないか。
自分が前にいたイギリスの研究機関だったら充分な対応が受けられる。
ハルと一緒にイギリスにまた戻ってもいい。
そうしたらもっと毎日ハルと一緒にいられる。
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