ハルの記憶(2)


 例えば人は悲しいとき涙を流す。


 この涙は涙腺と副交感神経の(中略)わたしが取り組んできた研究から言えることは、人とは異なった生物学的構造を持つ動物の感情を正しく人は認識できないということだ。


 例えば猫は驚きや恐怖を感じたときしっぽの毛を逆立て大きくする。


 人にはしっぽがない。


 猫と同じような表現方法はできない。


 猫は思うだろう。


 人は驚いたり恐怖を感じたりしない(またはできない)動物なのだ。


 このような考えがいかに浅はかなものであるか。


 話を死に戻そう。


 死=悲しみ=涙といった一連の生理現象は人に限られたものであり、それと同じ一連を辿らない動物が死を悲しんでいないわけではない。


 全生物の上に君臨する共通感情表現など存在しないのだ。


 (中略)わたしの人生を変えた最も崇高な精神の持ち主の話をしよう。


 わたしが十七の時わたしは彼と出会った。


 成熟したオスのゴリラの彼は始め言葉をまったく発することがなかったため、周りは彼が知恵遅れなのだと判断していた。


 わたしが彼の知性の高さを知ったのは一冊の小説がきっかけだった。


 多くの類人猿は文字を認識できるが、彼の能力は人とまったく変わらないレベルかそれ以上だった。


 所謂天才型のゴリラだ。


 通常天才型のゴリラは人と等しい数学的な能力、言語能力、記憶力とそれに伴う判断力などを持ち合わせており、感受性もほぼ人と変わらないと言っていいだろう。


 わたしが出会った天才型ゴリラたちは他のゴリラたちとは一線を画した待遇を受けていた。


 つまり檻に入れられていなかった。


 天才型と疑いのあるゴリラはわたしのいるような研究室にすぐに送られてくる。


 多くの検査とテストを経た結果、天才型と判断されたものはそのまま研究室に残り、生活を共にするようになる。


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