銀白色の背中(9)



 それでもやはり一言もしゃべらないところをみると、本当にこのゴリラはしゃべれないのかも知れないと一凛は思った。


 依吹の言うとおり少し頭が弱いのかも知れない。


 近くで見た時はそうは見えなかったけど、檻の奥は遠過ぎてゴリラの目の表情まで読み取れない。




 その日の一凛は少し落ち込んでいた。


 この前行われた進路相談が原因だった。


 担任の教師が太鼓判を押した大学の医学部に不満があるわけではない。


 でも希望しているわけでもなかった。


 担任の教師は行きたい大学と学部がまだ決まっていないなら、とりあえず狙えるところの一番高いところを、と強く薦めてきた。


 一凛の母親も満足していて、その日の夕食でその話を聞いた父親は「一凛の将来に乾杯だ、乾杯だ」とまだ確定したわけではないのに喜んだ。


 「俺と大学も一緒だね」と颯太も嬉しそうにした。


 自分の人生が周りに決められていくようで一凛は不安だった。


 本当にこのままでいいのだろうか?


 でも周りを説得するだけの確固たる何かを一凛は持っていない。


 そしてそれが一凛を一番不安にさせた。


 一凛の友人たちはみな他人の将来を語るかのように自分の将来を語ったが、一凛と大きく違うところは、皆それを疑うことなく受け入れているところだった。


「別にお医者さんになりたくないわけではないの、すばらしい仕事だと思うし。でもなにか違う気がする。わたしの心を揺さぶるような何か、そのために生まれてきたんだと思えるような強い何かをわたしは探してるの」


 一凛は短いため息をつき、自分の足元の水溜りに視線を落とす。


 できては消える大小の波紋を見つめていると、ふと水面が暗くなった。


 顔を上げるとさっきまで檻の奥にいたゴリラが一凛の目の前にやってきていた。




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