銀白色の背中(8)
その哀しみの余韻は次の日も一日中続いた。
授業中も休み時間に友だちとおしゃべりをしている時もずっと一凛の頭の中にあのゴリラのことがあった。
学校が終わると一凛は動物園に向かった。
入園できる閉園三十分前にぎりぎりで滑り込む。
園の一番奥に向かって小走りになる。
生い茂る木々に隠れるようにある檻の中にあのゴリラはいた。
一凛がそっと檻の前に近づいてくるのを、ゴリラは奥からじっと見ている。
「こんにちは」
一凛が呼びかけてもゴリラは目だけをこちらに向けて檻の奥から動こうとしない。
依吹の話を聞いた後では内腿からお腹の薄い毛が痛々しく見える。
「撃たれて痛かったでしょう、怖かったでしょう。でもすべての人間があなたを傷つけるわけじゃないのよ」
動物園の一番隅の誰も来ないこんなところに置かれたゴリラが不憫だった。
猟銃で撃たれ、睦雄などと殺人鬼の名前で呼ばれているこのゴリラを一凛は放っておけなかった。
その日ゴリラは一凛に近づいてこようとはせず、じっと奥から一凛を見ているだけだった。
「また来るね」
正面門からここまで辿りつくのに十分、戻るのに十分、檻の前には十分しかいられない。
一凛はその場を急いで離れる。
ピンクの傘が緑の向こうに消えるのをゴリラは見つめた。
次の日も一凛は学校が終わるとすぐに動物園に向かった。
そして次の日も、いつしかそれは一凛の日課のようになった。
ゴリラの檻の前にはいつも誰もいなかった。
いろんなことをゴリラに向かって話した。
学校のこと、友だちのこと、そして自分の将来のこと。
今まで誰にも言ったことのないようなことまで話した。
なぜだかゴリラの前だと安心できた。
なんでも全てを包み込んでくれるような気がした。
初めての日以来ゴリラは一凛の目の前までくることはなかったが、いつも檻の奥で話に耳を傾けているかのようにじっと一凛を見つめていた。
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