002 歓迎会

 002


 翌週、青年は入部届を提出し正式に文芸部員となった。文芸部は偏見的に見られがちだと先輩から聞いていた青年は教師に入部届を渡すときに何か言われるのではないかと思っていたが、青年の予想に反して教師は特別何か反応を示すこともなくただ普通に入部届を受理したので、青年はどこかほっとした気分で教室へ向かった。学校の端の端、三年八組の教室が、文芸部の活動場所だ。

「こんにちは」

 青年が着いた頃には既に先輩は教室に居て、入口を背にして何やら考え事があるように立っていた。

「ああ、いらっしゃい」

「先輩、入部届出してきました」

 青年が言うと先輩ははにかんで言った。「ようこそ文芸部へ」青年はなんと返していいかわからず、照れくさそうにはにかみ返すばかりだった。

「早速なんだけどね、文芸部の活動をする前に新入部員歓迎会をしようと思ってたの」

「新入部員歓迎会ですか。僕の他に新入部員って居るんですか」

「居ないよ」

「じゃあ他の部員は」

「居ないよ」

 青年が怪訝そうな顔をして暫しの間が置かれ、そのあいだずっと先輩は楽しそうににこにこしていた。

「じゃあ、二人だけですね」

「そう、デートだよ」

「デート、デートって何ですか」

「ふふふ、教えてあげない」

 そう言って先輩は脇に置いていた通学鞄を肩に掛け、教室の出入り口側に立っていた青年の肩を掴みそのまま廊下に押し出した。

「じゃ、行こう」

 期せずして青年は街へ繰り出すことになった。


 街の中心部から数駅離れた場所にある学校の最寄り駅周辺はそれなりに栄えていて、たくさんの飲食店が立ち並ぶちょっとした繁華街になっている。二人はその繁華街の一角の、とりわけ駅に近い場所に立ち並ぶファーストフード店のひとつを選んで入店した。

 先輩が慣れた手つきで注文を済ませ青年に注文を促すと、青年も覚束ない手つきでたどたどしくもなんとか注文を済ませることができた。クレジットカードをパネルに当て、クレジットが引き落とされる。

「こういうお店は初めて?」

 と先輩が妙ににやにやして言うのに、青年は緊張した表情で「はい」と答えた。青年は落ち着きなくそわそわした様子で店内を眺めていた。

「もう少し人が居るものかと思ってましたが」

 青年がぽつりと零す。

「人って店員さんのこと? 店員さんは多分お店の奥に一人くらい居るんじゃないかな。ファーストフード店の店員さんは私も見たことないかな」

「どうやってお店をやっているんですか?」

「全部機械だよ……ほら、来た来た」

 先輩が移した視線の先を青年も見やると、青年が見たことのないデザインのロボットが二人が注文した品物を持って二人の席まで運んできているのが見えた。ロボットは滑らかな動きで二人の席までたどり着くと、利口そうな声で「ロースカツバーガーのお客様」と言うので青年が「はい」と言うと、青年の前にロースカツバーガーが置かれ、続けてセットのメロンソーダとポテトが置かれた。

「ね、こういう感じ」

「初めて見ました。飲食店ってこういう感じなんですね」

 青年が「ごゆっくりお召し上がりくださいませ」と言って去っていくロボットの背中を目で追っていると、今度は別のロボットが退店した客の食べ残しを片付けているのが見えた。ロボットは手際よくゴミを片付け更には忘れものと思しき小物をより分けると、そのまま幾つかのスプレーや繊維で机の上を綺麗に拭き取ってあっという間にぴかぴかにしてしまった。

「人間が働くより効率も良くて安いんだよ。だから安いお店ほどロボットが多いの。ファーストフード店みたいなチェーン店だとロボットのデザインが凝っててかわいいよね。私このお店のロボット結構好きなんだ」

「そうなんですか」

 青年はロボットが退店客のテーブルを綺麗にし終えて店の奥に消えていくまでを食い入るようにずっと見ていた。先輩はオレンジジュースを啜りながらそんな青年の様子を見て微笑んでいる。

「ああいうロボットを見たのは初めて?」

「ロボット自体は施設で見たことはありましたが、ああいうロボットは初めてです。それに施設には結構人が居ましたから」

「人が居たの? へぇーすごいね。人がたくさん居たってことは相当すごい施設だったんだよ」

「そうなんですかね、よくわからないですが……もしかしたら失言だったかもしれません。忘れてください」

「禁則事項ってやつ?」

「そうです」

 先輩は青年に「こうするんだよ」とでも言うようにバーガーを手に取り包み紙を剥がして一口齧りつきもぐもぐと咀嚼しながら続けた。

「なんで言っちゃいけないの?」

 眉根に皺を寄せ難しい顔をしながら青年も見様見真似でバーガーの包装紙をめくろうとするが、青年は先輩が不思議に思うくらい不器用かつ慎重でなかなか包装紙を剥がせない。

「なんでも施設の他色々なところに迷惑がかかるんだとか……あと言わないでおくと僕の特権とか言うのが保全されるらしいです」

「特権、特権って何の特権」

「それは禁則事項です」

「ちぇー」

 青年がバーガーの包装紙を開けそびれている間にも先輩は二口目を頬張る。だが慎重な姿勢が功を奏してか青年は時間はかかったがついには綺麗に包装紙を剥がすことができた。

「良かったね。ロースカツバーガーだからちょっとミスったらソースで手がべとべとになるところだったよ」

「そういうことは先に言って下さい」

 食べ方も先輩の見様見真似で齧りつく。口の周りにたくさんのソースと千切りのキャベツがついた。

「んー、おいしい」

 青年は一口目を飲み込むのも待たず二口目を食べた。普段大人しい感じの青年ががっつくように食べるのを意外そうに見ながら先輩は「子どもみたい」と言って笑った。

「バーガーも初めて?」

「そうです」

「施設では何を食べてたの?」

「禁則事項です」

「ええー本当に、施設は食べ物もシークレットなの?」

「説明するのが面倒なので」

「ちょっと」

 青年はあっという間にロースカツバーガーの半分と少しを食べ切り、口の中いっぱいに頬張ったバーガーを飲み下してから小休止というようにセットのメロンソーダを飲んで咽た。先輩がその様子を見ながらまたふふふと笑う。

「何かにこう、こういう風に齧りつく、っていうのは初めての体験です」

 青年が手に持ったバーガーで身振り手振りをしながら不器用に説明した。

「施設では、一口大で口に入るものしか食べたことがなかったですから、とても新鮮な感じです」

 青年は綺麗な顔立ちをしていて、それでいて真っ直ぐな眉毛とぱっちりと開いた双眸が力強さも持ち合わせていて、凛々しく利発そうに見える。そんな青年が真剣な表情をしながら口の周りをソースと細切りのキャベツでいっぱいにして説明しているのがおかしくて、先輩はずっとにこにこしてしまう。

「君は本当に純粋で、キラキラしてるね」

「そうですか、自分ではよくわからないです。失礼になっていないと良いですが」

「全然失礼じゃないよ。君と一緒に過ごすのはまだ二回目だけど、本当に楽しいの。ねえ、良かったら時々また一緒に出掛けたりしない? 君世間のこと全然知らないし、社会見学ってことでさ。君が普段生活するのに困らないくらいの知識がつくまで、一緒に遊びたいの」

 青年は二つ返事で「良いですよ」と答えた。しかしそれから「あ、いや」と口淀むので先輩がどうしたのかと聞くと青年は困った顔をして答える。

「良いですよっていうのは、ちょっと偉そうっていうか、違うかなって。良い、ですよ、良いです、良い……なんて言えばいいんでしょう」

 先輩は終始笑いっぱなしで細めていた目をさらに細くしながら、表情を柔らかくして言った。

「君も文学的になってきたね」

 最後の一口を綺麗に食べきるために無理をして多めに頬張った青年が相変わらず口の周りをソースでいっぱいにしながら「ほうへふは」と答える。先輩はにこにこしながらそうだよと返して、Sサイズの味の薄いオレンジジュースをずずずと飲み干す。

「でもね、良いですよで良いんだよ。心が通じ合っていればそれできちんと伝わるものがあるんだから」

「文学って難しいですね。でも、なんとなくわかる気がします」

「君は美しいね」

 その後、二人は携帯端末の連絡を交換して店を後にした。と言っても青年は最近施設に支給されたばかりだという携帯端末の仕組みや使い方を全く理解していなかったので、二人が連絡先を交換して連絡できるようになる頃には町は真っ暗に沈み風が厳しく寒い夜になっていた。

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