第二十六話 いつか来るその時に


 遅い筋肉痛もとい闇属性の反動が治れば、私としてもやっと動けるので、リハビリ感覚で訓練参加である。


「さっすが、元勇者様。すごいわー」

「棒読みでの歓声ありがとう、エル」


 完全に面白がっているのは分かっていたので、あえてそう返してやる。

 それにしても、もう勇者一行でもないのに、エルはいつまでここに居るつもりなのだろうか?

 そう思って聞いてみれば――


「どうせ、レレイラに向かうんだろ? なら、俺もあっち方面に用があるから、途中まで同行するつもりだし」


 そう返された。

 『あっち方面』とは言っているが、具体的な名前を出されていないので、どこまで一緒に来るつもりなのかは分からない。


「多分、まだ出発しないよ? そうなると、その目的地に着くのも遅くなると思うけど」

「そんなに遅くはならないだろ。元勇者様とその一行だけが、先に旅立つんならな」


 それはつまり、佐伯さえき君と鳴海なるみさんを残して、私たちだけでレレイラに向かおうとかいう誘いなのか? ん?


「お誘いしてくれるのは有り難いけど――」


 エルと話ながらも、手のひらを数回開いたり閉じたりを繰り返していたのを止める。


「今回は同郷者が居る以上、私一人が帰ることに固執することはできないから」


 そう言った私の何が珍しかったのか、エルが目を見開いている。


「何というか、本当に落ち着いたな。以前まえは『何が何でも帰ってやる!』っていう気しか感じなかったのに」

「落ち着きがなくて悪かったですね。あの時は本当に、帰ることしか頭に無かったの」


 少しばかりムッとしながらも、そう返してやれば、


「なら、今は『帰る』という目的は持ちながらも、それ以外にしなきゃならない事がでか出来たから、そちらに意識を割いてる、と」


 そう言われてしまった。


「……エル。その言い方は止めてくれないかな?」

「けど、事実だろ。文句を言いながらも、何だかんだで勇者一行の俺たちに接していながらも、『帰る』ことに固執していた以前いぜんとは違い、今のお前は『帰る』ことに固執しているようには見えない」


 それもそうだ。それ以外の『目的』があるのだから。


「何でだ? 何が、セナをそこまで変えさせた?」

「さぁ、何でしょうね。でも、一つ訂正するのなら――私は、変わってないよ」


 私は変わってない。

 それに、『帰れない』からじゃなくて、『目的』を遂行するために、今すぐ帰るのを『延期させた・・・・・』と言った方が正しい。


「本来の私の性格になっただけ」


 そう告げて、エルと視線を交わし合う。

 猫も被っていない、正真正銘、私自身の性格。


「他人を思いやっているようで、思いやっていない。自己中心的。それが以前よりも全面に出ただけ」

「どこがだよ」


 どうやらエルは、信じていないらしい。


「他人を思いやっているのなら、この前の戦いであの二人を避難させたりはしないだろ。自己中心的なら、俺たちのことを無視して、単独で攻撃していたはずだ」

「……」

「お前は優しいやつだよ。セナ」


 ……正面からそんなこと言うもんだから、惚れるお嬢様方が居るんだよね。


「全く、本当に人をよく見てるよね。エルは」

「珍しく照れてるのか」

「……そうだね。でも、そういうことを落ち込んでる時とかに言われたら、落ちてたかもねぇ」


 エルが相手だとか、有り得ないことだけど。


「恋人とか夫婦とか、お前とくっつくことになる奴は大変そうだな」

「でしょうね。そもそも、異世界出身の元・勇者なんて、そういう感情があるか、箔目的でなければ――エルが言った関係にはならないよ」

「それでも、貴族連中は欲しがるだろ。むしろ何で、そういう話が出る前に帰らせられたのか、不明だがな」

「でもまあ、もしあのまま滞在していたところで、私は庶民だからね。貴族生活なんて無理だよ」


 そう、無理だ。それに、最初は良いかもしれないけれど、後々のちのち冷めていく関係になるのだけは嫌だしね。


「それでも、もしあの時、送還されていなかったら、何だかんだで過ごしてはいそうだよな」

「この先も、この世界で生きていくとなれば、住んでいた世界が違うんだから、順応ぐらいはしていかないと、やっていけないよ」

「それもそうか」


 そのまま少しの間、互いに無言になる。

 お陰で、空を飛ぶ鳥たちの鳴き声や、城内から聞こえてくる声などが聞こえてくる。


「それで、話は戻るが、『目的』を達成したら、セナは帰るのか?」

「さぁ、どうだろうね」


 そもそも、私の『目的』がいつ終えられるのかも分からないから、元の世界に戻るのも、いつになるのか分からないし、断言できない。


「もし、少しでもこっちに残ろうとする意志があるのなら、アルストリアと――」

「エぇぇぇぇルぅぅぅぅ!!!!」


 エルが全てを言う前に、まるで立ち聞きしていたかのような慌てようで、アルストリアが突っ込んでくる。


「お・ま・え・は、今何を言おうとしてた!?」

「いや、何も?」

「嘘つけ!」


 ぜーはーと息を切らし、胸倉を掴みながら叫ぶようにして言うアルストリアに対し、エルがどこか楽しそうに返事をしている。


「……とりあえず、アルストリア」

「何だ!」

「エルの顔色が悪くなってるから、離してあげて」


 エルはエルで笑顔ではあるが、顔色が悪くなってるのは笑えない。


「あ」


 気づいていなかったらしい。


「本当、こういう時は変な勘が働くよな」

「変な勘、言うな」


 そのままギャーギャーと言い合いを始める二人に、以前旅した時の光景が浮かぶ。


「セナ?」

「いや、ちょっと思い出してただけだよ」


 何か珍しそうな顔をされたけど、いくら「帰る、帰る」と言っていたからと、そういう思い出の一つや二つぐらい、私にだってある。


「そうか」

「やっぱ、あいつらとも、こうやって色々と話したいな」


 この世界にいる限り、きっと会えるだろうから、私が再召喚されてからのことも話したいものである。

 それと――……


「まあ、俺としては、隠してることを洗いざらい話してもらいたいところだがな」


 エルのその言葉を受けて、視線を逸らしたのは言うまでもない。


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