第二十三話 魔国の現状


 まさかの呟きに返事がありました。

 しかも、その声の主は、何故かこの場にいらっしゃってる人。

 え、本当に何でこの人、ここに居るの?


「おい、無視するな」


 こっちには、もう返事をする気力すら無いのだが。

 というか、私のこの姿を見て、よくも平静でいられるものだ。この男・・・は。


「このまま落としても構わないんだが?」

「……正直、今は上手く着地できる気がしないんで、めてもらえますかね?」


 冗談だとしても止めてほしい。


「それにしても、ルトゥキウスを迎えに来たつもりが、闇属性を纏った勇者に遭遇するとはな」

「……そうなんだ。あと、ルトゥキウスなら、倒しちゃいました。ごめんなさい」


 魔族に謝罪するとは思わなかったんだが、こんなところにまで出向いた『彼』には謝っておかなければならない。

 そんな話をしている間にも、地面に下ろされる。


「魔物と一緒に街中で暴れていたからね。こちらとしても、対処せざるを得なかったので」

「そうか」


 特にこちらを責めることもなく、他人事というわけでもなく。普通に話を聞いているかのように返される。


「……何か、淡々としてません?」

「あれだけ止めておけと言ったのに、聞かなかったあいつが悪い。倒されたのであれば、それはもう自業自得だ」


 何のためにめたのか分からないと言いたげな彼にも同意したいところだが、主のめいに逆らってまで来たことを考えると、本当にルトゥキウスは自業自得だということがよく分かる。


「何かいやに魔王に固執してたみたいだけど?」

「ああ、あいつは父上を神か何かと同等に捉えていたからな。だから、母上と俺のことは視界に入れようものなら、あからさまに馬鹿にした態度を取られるし、結果として俺の指示も無視された訳だ」


 「まあ、お前なんか、あいつにしてみれば格好の怨恨対象だろうな」と言われてしまえば、それも仕方ないかと思う。何せ、奴が崇拝していた魔王に、私が手を下したと言っても良いのだから。


「王妃様は元気?」

「ああ、俺のサポートをしてくれてる。こっちに来たのも、さっさと回収してこいって言われたのが大きい」


 王妃様、もうそのまま魔王やった方が良いんじゃないかなぁ……。

 でも、そっか。元気そうなら良かった。


「まあ、こうして会えたんだから、そろそろ『真実』とやらを聞かせてもらえないか?」

「は?」

「とぼけた振りをしても無駄だからな? 勇者が残された魔王の家族を心配するなど、そもそもおかしいんだ。さぁ、どうなんだ」


 えぇ……もう私が何か隠してるって、決定事項みたいな言い方じゃないですか。否定はしませんけど。


「あー、そんなにおかしい、ですかね?」


 いや、物語の勇者・魔王ものだと、魔王が倒されて終わりな訳だけど、それって特定の相手が居たら、また物語はなしの展開は変わってきていたはず。

 でも、その描写がないのは、単に設定してないだけか、何らかの不都合があったからか。多分、大半が前者だとは思うんだけど、この世界の場合は違う。きちんと妻子が居るのだ。

 『勇者』という存在が偏見混じりな意志のまま、『魔王』という存在を倒したとなれば、残された家族はどうするべきだったのか。


「おかしいだろ。あの状況だと、皆殺しされてもおかしくなかったから、母上とともに覚悟していたというのに、いつまで経っても来ないどころか、様子を見に言ってみれば、謁見の間で何故か泣いているし」

「あー、うん……君が言いたいことは、何となく理解したよ」


 それは前にも聞いたし、改めて言われると恥ずかしいのだが。


「『真実』、『真実』ねぇ……そもそも君、会うたびにそればかりだよね」

「会う度に聞いても、話してもらえないからな」


 そうは言われても、アルストリアたちにすら隠してるのに、先に彼に話すのもなぁ……。


「ヘレ君さぁ……」

「おい、そこの魔族。そいつから離れてもらおうか」


 どうやら私側のお迎えが来てしまったらしく、彼――ヘレ君ことヘレケントスが呆れを含んだ眼差しを、剣の切っ先を向けるアルストリアに向ける。


「何故、こんなところにお前がいる」

「何だって良いだろ」


 まともに返されなかったからか、アルストリアが完全に敵を見るような目をしているが、ヘレ君も分かっててやってるのか、必要以上に彼を煽るのを止めてくれないかな?

 ちゃっかり、肩を掴んでヘレ君の方に引き寄せられたわけだけど、二人が言い合ってる間に、その手を離して距離を取る。


「何やってんだ、お前」

「私が知りたいよ」

「それで、あいつの目的は?」

「ルトゥキウスの回収だってさ。倒したこと伝えたら、めたのに聞かなかったから、自業自得だって言ってた」

「そうか」


 あの二人に巻き込まれたくないためか、エルが呆れを含みなからも質問してきたので、そう答えておく。

 「あいつ。魔王以外の言うこと、聞きそうにないもんなあ」とエルと話しながら、相変わらずギャーギャー言い合ってる二人に目を向ける。


「あ、結城ゆうきさん。居た!」

「無事だったか」

「まあ、そうだね」


 こちらにやって来た佐伯さえき君たちにそう返す。

 ヘレ君が助けてくれたからね。そんなにダメージはありません。


「それで、あれは……?」

「無視してて良いよ」


 戸惑いの表情をあらわにする佐伯君にそう返す。あれは気にしたらいけない。


「そうだな。無視が一番良い」

「ということで、帰ろう」

「そうだな」


 あの二人にいつまでも付き合っていたら、夜になってしまう。

 エルもそのことをよく理解しているからか、無視することに決めたらしい。


「おいこら!」

「無視するな!」


 まあ、当然噛みついてくるわな。


「二人はそのまま話してればいいよ」

「ああ、報告は俺たちだけでも済ませられるしな」


 元はと言えば、原因は私だし。


「話は終わってないぞ。それに、さっき何か言い掛けてただろ」

「言い掛けたは事実だけど、そんなに気にするような内容でもないよ?」

「良いから言え。今回はそれを聞いたら、帰る」


 おや、珍しい。

 けれまあ、これ以上追求されても困るし、言っておくか。


「いや、いろいろ文句はあるんだけどさ。さっきの質問には答えておこうかと思って」

「さっきの質問?」


 アルストリアたちが何の話だとばかりに聞いてくるけど、今は無視だ。


「戦う前に魔王から、『もし自分がいなくなったら、それとなく二人のことを気に掛けておいてくれ』って言われたからね」

「はぁっ!? 何だそれ、聞いてないぞ」

「当たり前じゃん。今話したばかりだし」


 アルストリアがぎょっとしたような顔を向けてくるが、だって言ってないしね。

 で、ヘレ君はというと――


「……そうか」


 多少、驚いてはいたみたいだけど、そう返した後、約束通り、帰っていった。


「さて、セナ」

「今度は、俺たちに事情説明な」

「……」


 逃がすものかとばかりに、アルストリアには後ろから肩を掴まれ、エルからは笑顔を向けられる。

 記憶喪失で通るわけ――……


「『忘れた』は通らないからな?」


 ……――ないですよねー……。

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