第二十一話 三人揃いて


 何度も何度も思ったことがある。


 ――何故なぜ、私なのかと。


 だから、聞いたみた。

 そしたら、『彼女』は言った。


 ――貴女だから、『勇者』に選んだの、と。


 こんな『私』だからこそ、今もなおこの世界に、『約束』を果たすためだけに、とどまり続けているのだろう。


   ☆★☆   


 『勇者』としての役目を果たしたはずなのに、今もなおこの世界の人々のために戦ってる。

 勇者で無くなったのなら、本当はこんなことする必要もないのではないのか、と思う自分が心のどこかにいる。


「――ッツ!?」


 エルが、協力してくれている。

 もう危険な戦いなんかする必要ないのに、元仲間だからと協力してくれている。


「――“大撃塵だいげきじん”!!」


 切った部分や部位から灰や塵に化すという、刃を持つ武器であれば付与して発動できる火属性の魔法である。


「らしくねぇなぁ、『勇者』。まるで鬼のように俺たちを狩っていたとか聞いてはいたが、随分とまあ腑抜ふぬけになったようで」

「……」


 魔族の男が何やらほざいているが、無視である。


「やっぱり、『聖剣』無しの勇者じゃ、ちと厳しいかぁっ!」

「聞くな、セナ! これは挑発だ!」


 まるでこちらを小馬鹿にし、見下したかのような物言いに、仲間エルからの忠告。

 でも、そんなことは私も分かってる。こんな奴をいちいち相手にしていたらキリがないし、調子に乗って次から次へとこちらを煽ってくることぐらい想像が容易い。

 つまり、無視が最善な訳だけれど、まあ――一言言ってやるのも、良いのかもしれない。


「ハッ、年寄りが何を言ってる?」

「何だと……?」

「私はさっき言ったはずだ。『普通の剣装備な勇者の全力と、中級から高位ランクの魔物と魔族の力。一体どっちが勝つのか』と」

「ああ、確かにそんなようなことを言っていたな。だが、貴様はまだオレたちを倒せていないではないか」


 それは否定しない。

 だって、それは事実なのだから。


「そりゃ、『全力』は出してないからね」

「何だと……?」


 今ある私の『全力』とはつまり、『闇属性』も使うってことだ。

 現時点で、私が闇属性持ちだと知ってるのは、属性検査の時に居合わせた佐伯さえき君と鳴海なるみさん、姫様の三人だけであり、逆に言えば、アルストリアとエルは今の・・私が闇属性持ちであることを知らないわけで。


「ねぇ、エル。今から何があっても、何を目にすることになっても、質問も説明も後でするし、ちゃんと受け付けるから」

「さっき聞いたような台詞だな」

「聞いていても、似ていても結構。『すべて後で受け付ける』。それだけは覚えておいて」

「『すべて・・・』、だな」


 何やら嫌な予感がするが、今はそんなこと気にしてる場合じゃないので、すぐさま切り替える。


「だったら、こいつらを速攻で倒すぞ」


 どれだけ聞きたいんだよ、とか思わなくはないけれど、本人がやる気なら、文句を言うつもりはない。

 ただ、そのやる気が『私から話を聞く』ってことだけのためなのが、複雑ではあるが。


「そうだね。約束も出来たことだし」


 とりあえず、目の前の敵を片付けなければ。


「それじゃ、引き続きどちらがどちらを倒すとか決めずに、臨機応変に行こうか」


 どちらにせよ、どちらも倒さなくてはならないのだから。

 でも、そう簡単にこちらの都合通りに行かせてくれるはずがないのが、奴らであり。


結城ゆうきさん、後ろ!」


 その声にハッとして振り向き、攻撃をかわして、剣を振る――のだが、今の攻撃が魔物の意志と連動してるからか、その攻撃は佐伯君たちの方へと向かっていく。


「このっ……!」

「うわっ……!」


 火力を上げて、攻撃よりも先に二人の元へと辿り着き、佐伯君の襟首を引っ張り、強制回避させる。


「――っ、正直これはヤバいって」


 偶然か否か――では、無いな。私ではなく、佐伯君たちの方に魔物の攻撃が放たれ、寸前で切り捨てることが出来たから良かったものの、助ける間際で足を捻ったのか、着地の際に激痛が走る。


「おい、結城。今――」

だい丈夫じょうぶ、です」


 どうやら、鳴海さんにも目に見えて分かるほどに捻っていたのか、そんなに痛そうな顔をしていたのか。

 とにもかくにも、捻るほどに足を無理やり動かしたという事実は変わらない。


「くっ、ふはは! 守りながら戦わなければならないとは、『勇者』というのも大変だなぁ」


 あぁ、最悪だ。佐伯君たちの存在が、私の弱点や弱みだと思われてる。

 まあ、確かにこの二人を守りながら、奴らと戦わないといけないというのは、さすがにキツい。

 でも――


「まさか、俺が見えてないわけじゃないよな?」


 私には、ちゃんと見えていたから。

 佐伯君たちを守った後に来た、奴らの追撃を、まるで地面に縫い付けるかのように降ってきた剣が。

 そして、それを誰が放ったのか。

 それが、私にはちゃんと分かったから。


「いや、ちゃんと見えてるよ。ただ、予想よりちょっと早かったかな」

「どれぐらい?」

「数秒」


 私がそう返せば、舌打ちが飛んでくる。


「遅いぞ、アルストリア」


 エルが上空から降りてくる。


「エルは、ああ言ってるが?」

「あの冒険者を相手にして来た後なんでしょ?」


 それなら、まだ早い方だ。


「それにしても、本当に前衛しか居ないな」

「エル、それ言わない」


 私も薄々そう思っていたから。


「でも、魔法面でも私とエルが居るなら、どうにかなるでしょ。アルス・・・も来たし」


 この国に再召喚されてから、ずっと『アルストリア』としか呼んでいなかったためか、目を見開かれる。


「何だか、本当に前に戻ったみたいだな」

「私だって、それなりの理由が無ければ、前みたいに呼ぶけど……どうする?」

「今みたいだと長いし、呼びにくいだろうし、余所余所よそよそしいから前のパターンでいい」

「了解」


 そう話している間にも、捻った部分の緩和は終わったらしい。

 あくまで『緩和』だから、痛みが無くなったわけじゃないけど。


「ああ、そうだ。説明の前に、治療が先な」


 エルがそう言いながら指を指してきたあと、上空へと戻っていく。


「マジか……」

「ちゃんと治さないと、エレインたちにチクられるぞ」

「それは嫌だなぁ」


 あの二人は心配性な所があるから。

 けど、それよりも嫌なのは、佐伯君や鳴海さんたちまで狙われて、やられっぱなしになる事。

 だから――


「――『我は、我が魔力を糧に、その能力ちからほっす』」


 たとえ、『勇者』としては異端として扱われることになっても、この街を、国を救えずに後悔するよりはマシだろうから。


「……何故だ。何故、『勇者』が闇属性を持っている!?」


 ああ、驚きに染まるみんなの顔が、簡単に想像できる。

 そりゃ『勇者』が闇を纏っていたら、驚くか。


「セ、ナ……?」

「まさか、闇落ち――」

「は、してないから。ちゃんと、理性もあるよ」


 その上での、判断だし。


「そもそも、『勇者』が闇属性を持っていたら、そんなにおかしいこと? いつから、『勇者』=『光属性』なんて決まったんだろうね」


 この問いで、今の自分を正当化する。

 大丈夫。『闇属性』の使い方は知ってる。

 だって、『魔王』が目の前で使って見せていたのだから。


「そして、『魔王』がいつから、『=闇属性』になったのかな?」

「……」

「だったら、その逆があっても、良いはずだよね?」


 今の自分を肯定させる。

 だって、そうしなければ、この闇属性ちからは使えないだろうから。


「『闇』は……」

「……?」

「『闇』を纏っていいのは、魔王様のみ! 貴様ごとき人間風情が、容易に触れていい属性ものではないぞ!」


 ぐわっと奴から魔力が広がる。


「……っ、まあ、貴方たちからすれば、そうだとしても、今現在、私の中に存在してるのは事実だからね。そのことも否定すると?」

「当たり前だ! 全ての『闇』は魔王様のもの! そして、それを分け与えられたのが、我ら魔族! 貴様ごときが持っていて良いものではないんだよ!!」


 真っ向からの否定。

 どうやら彼は、プライド高いが故に、人間わたしが『闇属性』を持ってることが許せないらしいよ。魔王。


「……これじゃ、魔王も大変なはずだ」

「何をごちゃごちゃと言っている!」

「いや、何でもないよ。でも、私は言ったよね。『全力』で戦うと」


 いくら『勇者』が闇属性を使い慣れてないからって、舐めるのもいい加減にしてほしい。


「自分相手に手を抜いて戦ってほしいか、全力を望むか。さて、どうする? ――ルトゥキウス」

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