第二十話 エルヴィンから見た、『勇者』だった少女


 まるで赤い炎を纏っているようにも見える、先程とは別の装束になった・・・・・・・・セナの背をぼんやりと見つめる。

 事あるごとに元の世界に帰りたがっていた『あの頃』とは違い、今回はそんなに口に出してないのを見ると、少しは成長したと思うべきか。


 戦闘を開始したセナたちから、少しだけ距離を取りつつ、状況を見つめる。


「あの、」


 セナと一緒にいた少年が、恐る恐るといった様子で話し掛けてくる。


「ん? 何か気になることでもあったか?」

「あの、さっきあの人が言ってた『勇者』って……」


 先程のセナの発言から何となく察してはいたが、やっぱりというべきか、本人やその周囲から何も聞いていないらしい。


「お前らが想像している通り、あの男が言った『勇者』はセナのことだし、そのままの意味だ。あと、上空のあの男は人間じゃなくて、『魔族』な」

「魔族……」

「『魔王』に近い連中は基本的に魔族だ。そして、魔族それ以外だと『魔物』『魔獣』『モンスター』に分けられる」


 正直、後者はどう違うのだと聞きたくなるが、ぶっちゃけ『知能』があるか無いかだけの違いなのだが、今ではごちゃ混ぜになっていて、どれがどれに該当するのか、曖昧になっていたりする。


 そんな説明をしながらも、セナに降りかかりそうになっていた瓦礫などを風魔法で払ってやる。

 ただ、そのことに気付いてはいるのだろうが、距離もあるし、感謝の意は後回しにしたんだろう。


結城ゆうきさん、大丈夫かな……」

「『聖剣』なら瞬殺だったんだろうが、今は普通の剣だからなぁ」


 それなりの時間は掛かるだろうが、倒すことは出来るだろう。

 騎士であるアルストリアが一緒だったってことは、あいつとの訓練もしていただろうし、何より動きを見ていれば腕が落ちてないことも分かる。


「『聖剣』?」

「勇者のみが扱える剣だな。今は行方不明らしいが」


 十中八九、セナがどこかに隠したんだとは思うんだが、どこに隠したのかまでは分からない。

 ただ、一つだけ分かっているのは、聖剣が行方不明になったのは、魔王を討伐した後・・・・・だってことだ。それまでは彼女の元に間違いなく存在していたのを俺たちは見ていたのだから、行方不明になったのだとすれば、それ以降ということになる。


 ――何があったのかを話すとは言っていたが、魔王討伐についてだけは話さないんだろうな。


 俺たちがどんなに聞いても話さなかったのだ。今もそう簡単に口を開くとは思えない。


「行方不明……それなら、旅に――捜しに出てみれば見つかりますかね?」

「どうだろうな。帰巣本能みたいなものがあれば、結城がどれだけ遠ざけたところで今もあいつの手元にはあったんだろうが、今は手元に無いの見ると、勝手に戻ってくるってことは無さそうだな」


 少年と青年が話し合う一方で、セナたちの方では、火や水の魔法が飛んでいた。


 ――火力と防御力を上げているとはいえ、やっぱ限界があるか。


「……あいつはまだか」


 この二人のことを頼まれた以上、下手に二人からは離れられないし、援護をしようにも微妙な距離だ。

 それでも、アルストリアには暴走状態の冒険者を止めないといけないという仕事もあるので、それを加味しても時間は掛かるだろうが、早く来てほしいことには変わらない。


「……やっぱり、僕たちも……」

「それはめといた方がいいぞ」


 今にもセナたちの方へと出ていきそうな少年を止める。


「ああ、勘違いするなよ? 別に足手まといだとか、そういう問題じゃない。自分と相手の実力差を見抜けなければられるのはこっちだって言いたいだけだから」

「……そんなに、強いんですか?」


 青年が聞いてくる。


「二人がどれだけ戦えるのかは、俺は知らない。でも、セナたちに任されたというのもあるが、それ以前に実力差が分からなければ、本当に全滅は免れない」

「……」

「あとこれは、冗談抜きでの経験談だからな?」


 ――私はっ、私は絶対に生きて、あの世界こきょうに帰る。だから、こんなところであっさり死ぬわけには行かないんだよ!


 今目の前で戦っているセナだって、数回死にかけるほどには無茶をしていた。

 勝てるはずかない。立っているのがやっとなはずなのに……それでも、彼女はそのことだけを目標に、『勇者』として旅を続け、『魔王』を倒した。

 そういう経験者・・・が側に居るだけ、この二人はまだマシな方だろう。


 ――っく、ひっく。ごめ、ん、なさいっ……。


 何に対して泣いていたのか、謝っていたのかは分からない。

 でも、あの日――俺たちが追いかけ、追いついた魔王城の赤く染まった謁見の間で、彼女は間違いなく、その場で座り込んで泣いていた。

 同情か、それとも違う感情によるものなのかは、やはり彼女のみにしか分からない。


「……お前ら二人は、絶対にセナを一人にさせてやるなよ?」

「えっと……?」

「今は分からなくていいよ。多分、そのうち嫌でも分かるからな」


 おそらく同郷の者であろう二人に、セナのことを頼みつつ、その場から立ち上がる。


「お前ら。ここから様子見るのは構わないが、巻き添え食いたくなければ、こっから出ようとするなよ」

「まさか、向こうへ行くつもりですか!?」

「その『まさか』だな。それに、俺は見誤っているわけでもない」


 何、隣に立つのは元が付くが『勇者』だった少女なのだ。

 実力なんか、足りに足りまくっている。


「少しは信じて、見て技を盗むぐらいのことをしてみろ、今代勇者。何、良い見本となる『先代勇者』がすぐ側に居るんだ。少しでも追い付けるように、出来ることは違法でない限り、全てやれ」


 何やら驚かれているが、まあ、それも仕方がないことだと思う。

 だって、俺たちは自己紹介すらまともにしてないのだから、彼らが『勇者』だなんて、普通は知るはずがないんだよな。


「……」


 驚いた二人を放置して、セナの隣に立つ。


「私は二人を頼むって、言ったと思ったんだけど」

「確かに言われたが、ここまで時間が掛かるとは、俺も思っていなかった」

「悪かったですね。時間が掛かってて」


 話していて、やっぱり以前の彼女とは違うのだと思う。


「それで、突破口は見つけたのか」

「見つけはしたけど、やっぱり二対一は少しキツいね」


 まあ、そうじゃなきゃ、ここまで時間が掛かるはずもない。


「本当、あの時は装備様々さまさまだったんだなって、思い知らされる」


 セナはそう言うけれど、それでもここへの到着時と比べると、魔族側にしてみれば『彼女』という明確な相手が現れたことからか、先程よりは周辺への被害が間違いなく減っているのも事実であり。


「じゃあ、アルストリアが来るまで待つか?」

「まさか」


 まだまだ戦えると言いたげなセナに、ふ、と息を吐く。


「なら、せっかく会った元仲間のよしみで協力させろ。何、あの二人にはよく言ってきた。子供じゃないなら、大丈夫だろ」

「……変な所で察しが良いもんね、エルは」

「変な所でって何だ、変な所でって」

「さーね。察してみれば?」


 そう言いつつも笑いながら、奴らからの攻撃を回避する。


「……ま、笑えるようになったのなら良かった、と言うべきか」

「何か言ったー?」

「何も言ってねーよ」


 風魔法を纏って、空中移動を開始する。

 勇者パーティでの役割は、職業も相俟あいまって遊撃か援護射撃だったから、長時間前線を張るなんてことは無い。

 けれど、今は違う。アルストリアが来るまでは、何としても耐えなきゃならない。その上、魔法担当が不在なのも地味に痛いが、それも仕方がない。みんな、それぞれの国で頑張っているんだろうから、今ここに居ないことに文句は言えない。


「ま、やれるだけのことは、やるしかないな」


 元勇者一行の一人としての力を、見せてやる。


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