第十六話 その一言は
『頑張れ』なんて、簡単に言うものじゃない。
「――っ、」
戦いに慣れた冒険者たちならいざ知らず、普通に街で生活している人が目の前でこんな光景を見せられたら、誰だって息を飲む。
助けたいけど、自分にそんな力なんて無いから、助けられなくて。
生まれ持った気質はそう簡単には変えられなくて。
もし、今この場で出ていけるとしたら――私ぐらいなのだろう。
☆★☆
『ルール』は分かりやすく、『殺しは厳禁』。
そして、私たち三人の間での『約束』は『姫様を悲しませない程度に、戦うこと』。
前者はともかく、後者は難しい。
いくら『勇者』という存在が、最前線で戦い、負傷しやすいとはいえ、それを頭では分かっていながらも、気持ちが追いつかずに、私たちの知らない場所で姫様を悲しませるなんてことはさせたくはない。
それに、これ以上、心配そうな顔もさせたくはないのだ。
「おいおい、まだやる気かよ」
「ボロボロなのになぁ」
もうすでに勝利を確信しているのだろう、冒険者たちが笑みを浮かべる。
戦いを開始して数十分。
最初の数分は様子見だったらしい冒険者たちだが、途中から飽きてきたのか、本領発揮というべきか。状況はあっという間にひっくり返された。
「嬢ちゃんからも言ってやれよ」
「そうそう。君から言えば、そこの二人は、もう傷付かなくてもいいんだぞ?」
それは一つの誘惑には違いなかった。
私のせいで彼らが傷付いているのだとすれば、彼らに一言言うだけで戦うのは
けれど、
魔族たちの中にも、こちらが勇者だとは知らず、この冒険者たちと同じことをしてきた――下卑た顔を向けてきた奴らもいたが、ここまで引いたりはしなかった(と思う)。
で、だ。――たとえ、いくら『勇者』であろうとも、付け焼き刃でどうにかなるほど現実は甘くないわけだが、どうやら
「っ、」
「悪いが、こっちもあいつに手出しするなと言ったんでな。その前に勝たなきゃ意味がない」
何やらピリピリしているように見えるのは気のせいか。
「チッ、氷魔法か」
冒険者の足を封じたことにより、奴らが舌打ちする。
その様子を見るからに、氷を溶かせられる火属性や魔道具の類いは持っていないらしい。――もしくは、持っていながら、単に佐伯君たち相手に使いたくないだけなのか。
「だが――この程度、どうにでもなる」
冒険者が振り上げた剣が向かうのは、鳴海さんが放ち、今もなお冒険者たちの足を止めている氷。
「炎の剣、か」
氷が溶けているのを見る限り、魔道具を発動させたらしい。
「お前らが一体、何を考えていたのかは知らねぇが、どうせ足止めして、そいつから順番に片付けようとかしてたんじゃねぇの?」
「……」
冒険者の言葉に、二人は何も返さない。
別にその通りだからではない。これは
「つーわけで、その嬢ちゃんは、俺たちが貰うからな?」
ニヤリと冒険者たちが笑みを浮かべ、
「――誰が、やるか」
「それに、さっきの考えだが……」
一体、いつの間に用意していたと問いたくなるが、この二人は『風』と『雷』を除けば、属性の重なる部分が無いがために、
「「――大間違いだ」」
特に――私の『闇』も利用すれば、その活用方法はさらに広がる。
「ガッ……!」
冒険者がふらついているが、それは魔法で冒険者の背後に転移した鳴海さんが、側頭部を狙って蹴りを入れたためだ。
気配に関しては、私が闇魔法で消していたから、相手に気づかれることも無かった。
「っ、まだだ!」
「……!
諦め悪く、冒険者の男が叫び、そこから何かを察したらしい佐伯君が叫んでくる。
けど、大丈夫。
「ちゃんと、分かってるから」
背後から迫っていた男の
「……グッ……!」
「あらやだ。気づかれることなく、避けられもせず、不意打ち出来るとでも思ったの?」
「このアマ……っ!」
冒険者たちが殺気立つ。
仲間一人が、何も出来なさそうな少女一人にやられたぐらいで落ち着きを無くすとは――私はこんな奴らの仲間にさせられそうになっていたのか。
「また何の苦もなく、撃退したな」
「駄目でしたか? 逆に大人しく捕まった方が良かったってなら、謝りますけど」
「いや、捕まらないに越したことはないでしょ」
呆れたような言い方をする鳴海さんに、軽く笑みを見せながら返せば、話を聞いていたらしい佐伯君がそう言ってくる。
「それで、私はどうしたら良いんですかね? まだ参加するなって言うのなら、大人しく見てますけど」
「いやもう参加した方が、いちいち撃退しなくていいでしょ」
その方が僕たちも心配しなくていいし、と佐伯君に言われ、どうやら私の参戦は決まったらしい。
「了解。それじゃ、自分で
とりあえず抜剣し、残った冒険者たちに目を向ける。
言っておくが、喧嘩を売ってきたのはそっちであって、こっちはその売られた喧嘩を買ったまでだ。
だから――
「どんな結果になったとしても、恨まないでくださいね」
そう、笑顔で言ってやった。
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