第十話 特訓開始とイメージ
付け焼き刃とはいえ、一週間でどれだけの実力が付けられるか分からないけど、やらないよりはマシである。
午前は魔法、午後は剣術と予定を組んで、それぞれのメニューを
「あー、疲れたー」
「ほらほら、休んでいる暇なんて無いでしょう?」
早く起きる、と剣術担当の先生が手を叩きながら告げる。
でも、先生。少しばかり、ハード過ぎやしませんか?
「魔王退治する必要は無いとはいえ、身を守るための術は身に付けておくべきです」
どんなに疲れていても、すぐに動かないといけなくなる瞬間はあるんですよ、とある意味正論を先生は言うが、今の二人に「今すぐ動け」と言っても、無理な気がする。
「結局、付いてこられたのはセナさんぐらいですか」
いや、レレイラ召喚時の私なら、確実に倒れていましたよ。
今の私が先生方の厳しい特訓を経て、この場に立っていられるのは、勇者経験という経験が、身体能力を元の世界以上に引き上げたからだと思うんだよね。
「……もしかして、
「いえ、何も」
嘘です。勇者やってました。
けれど、元の世界で何もやっていなかったというのは本当だ。
だから、レレイラに居たときも、特訓で体力が付くまでは何度か倒れていたし。
「えー……何もやってなくて、立っていられるって、どんだけスタミナあるの……」
どれだけって、言われてもなぁ。
「普通だと思いますよ。インドア派でしたし」
「えー……」
「うそだろ……」
「そう言われましてもねぇ……」
だから、勇者活動していなかったら、私は二人よりも前に倒れていた可能性があるのだが、そんなこと言えるはずもない。
「私、どうしていましょうか。この二人がこの状態では、訓練も練習も出来ませんよね?」
「そうですね……」
「特にやることもなければ、魔法の練習をしていて良いですか?」
『火』と『水』はともかく、相変わらず『闇』だけは思うように使えないからなぁ。
「そうですね。この二人が回復するまでは、自由時間ということにしておきましょうか」
「分かりました」
自由時間というか、自習時間な気もするが。
とりあえず、精神を落ち着かせて、『闇』を感じ取る。
『……しゃ』
「え?」
何か声らしきものが聞こえた気がして、集中し始めた意識が切れる。
「どうしたの?」
「あ、いや、何でもないよ」
それにしても、あの声。聞き覚えはあるんだが、どこで聞いたっけな。
そんなことを考えつつ、もう一度、『闇』を感じ直す。
「……」
ぐるぐると黒い
「集まれ」
そう告げれば、黒い靄が手の上へと集まってくる。
……うん、
「魔法も、もう完璧ですね。セナさん」
「まだまだですよ。初級ぐらい自在に使えないと意味無いでしょうし」
「まあ、それはそうなんですけど、素人や初心者が慣れていないはずの魔法にそこまで対応できるって、意外と凄いことなんですよ?」
「そう、なんですか……?」
まあ、魔法の練習なんて、レレイラでも経験していたから、どうすれば良いのかなんて、大体分かるんだけどね。
でも、魔法を使うために苦戦している所を見せた方が良かったか?
「何か、こうして見てると、結城さんが『勇者』って言われた方が、納得できるよね」
「あー……」
佐伯君の言葉に、鳴海さんがどのようにも取れる反応をする。
「……冗談でも、止めてくれない?」
『勇者』なんて経験、一度で
「……ごめん。気分を悪くしたなら、謝るよ」
「いや、そこまでは言ってないんだけどさ」
佐伯君は悪くない。
それが本音じゃないと言えば嘘になるが、隠している私も悪いし、何よりこの国の勇者は彼だ。
「それにほら、『闇』って、やっぱり勇者のイメージからは遠いわけだし」
どちらかといえば、魔王寄りだろう。
「あー、そうだね」
「まあ、俺たちの中じゃ、勇者は光、魔王は闇、というイメージが一般的だからな」
どこか納得したげな佐伯君に、鳴海さんが補足するように告げる。
そんな二人と話しながら、私は引き続き、手の上でぐるぐると渦巻く黒い靄に意識を向ける。
「『闇』、か」
意図せずに得てしまったとはいえ、魔法発動時の暴発や暴走を防ぐためにも、コントロールの練習や使える手数を増やすことなどはしているが、いつか――この属性魔法を使う日は来るのだろうか。
そしてもし、『闇属性』の魔法を使ったとき、『私』は『私』でいられるのか。
「……」
じっと、靄を見つめた後、そのまま霧散させて消失させる。
――大丈夫。今回は
最初に会って、早数日。
未だに『勇者』と呼べるような活躍はしていないけれど、彼もまた次第に『勇者』と呼ばれるようになるのだろう。
「さて、それじゃあ、剣の特訓を再開しようか」
「えっ」
佐伯君が驚きを露にするが、期日である一週間後なんて、有るようで無いに等しいものである。
「正直、無理はしてほしくないけど、何もやらずに負けてほしくもないんだよね」
「何か、俺たちが負ける前提みたいに聞こえるんだが?」
珍しくムッとした様子で鳴海さんが返してくる。
「そう聞こえたなら謝りますが、たとえ私が何を言おうと、二人が勝つ気でいるなら良いじゃないですか」
「……」
「まあ、向こうが三人だったり、卑怯な手を使ってきたなら、私も参加させてもらいますけどね」
黙って大人しく守られているつもりなんてないから。
せめて、役に立つときぐらい立たなければ意味がない。
「けど……っ!」
「二人には
これは、私の素直な気持ちだ。
「だから、頑張って勝ってよ。勇者様。仲間一人守れないんじゃ、この先大変だよ?」
これは、先輩勇者としてのアドバイス。
私が出来なかったことを、彼にもさせるわけにはいかないから。
「結城さん……」
こんな騒動を勇者としての(最初の)イベントとしていいのかは分からないけど、これで自信を失われても困るからね。
「そうだな。今の俺たちには、たとえ結城が向こうに取られたとしても、取り返す手段も無いから、今頑張るしかないんだよな」
「もし、捕まったとしても、内側から手引きしてあげてもいいですよ?」
「相手は盗賊とかじゃなくて、冒険者なんだから、アジトとかに手引き出来るわけがないだろうが。佐伯も何か――」
何言ってんだ、と言いたげに鳴海さんに言われるが、彼が同意を求めたはずの佐伯君は、といえば、小さく肩を揺らしていた。
「……」
「あ、いや、ごめん。何か面白くって」
「どこが?」
今の会話に笑う要素など無かったと思うのだが。
だが、再開すると言って、そのまま話し込んでいた私たちに、先生方から声が掛かる。
「――それで、いつまで話しているんですか?」
「負けたいというのなら構いませんが、勝ちたいなら早く準備してください」
先生方から有無を言わせないような気が放たれる。
どうやら、今のやり取りは、先生方もやる気にさせたらしい。
「まあ、私たちは相手がどのような人たちなのかは分かりませんので、予想した範囲で言いますが、セナさんの手を使わないというのはお勧めしませんから」
「え……」
先生方のまさかの発言に、佐伯君たちは驚いたり、不思議そうにしていたけど、私は肩を竦める。
――つまり、戦力となる人がいるのだから、使えるものは『元勇者』でも使えってことか。
でも、先生方――騎士団長さんと魔導師師団副師団長さんたちの言いたいことは間違ってないので、私は特に反応を示さないようにしておく。
「でも……」
「時と場合によっては、女性の方が有利になる場合もありますから、
「その戦闘手段がある人に、私は含まれる、と」
「間違ってはいませんよね?」
この人たちは、私のことを知っているから、下手に否定できないのが悔しい。
「では、復習しながら、今度は私たちを相手に戦ってみましょうか」
「組み合わせはどうします? 一人余りますよね?」
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
何か含み笑いされる。
「うってつけの人物が居ますからね」
それって、まさか……
「お、来た来た」
こっちです、と声を掛ける先生方の視線の先にいたのは、やっぱりというべきか、アルストリアがそこに居た。
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