第九話 姫と元勇者と騎士Ⅱ


「……」

「……」


 本当に二人っきりにされてしまった。


「……せっかく」

「え」

「殿下が機会をくれたのですから、活かさないわけにはいきませんよね」


 どうやら、アルストリアは話すつもりらしい。


「あの日以降、ずっと気になって気になって、聞けず仕舞いだったことを今、聞かせてもらいますよ」

「……っ、」

「あの日、何があったんですか」


 あの日って、多分『あの日』のことだよね。

 というか、やっぱり、そのことか。


「もう二度と聞けないと思っていたのに、貴女はこうして現れた」

「……」

「仲間であった俺にも話せないのか?」

「……私は……」


 一体、何て言えば良い?

 彼のことだから、きちんと話せば聞いてくれるだろう。

 でも、彼はこの世界の人間だ。

 私が見聞きしたことを、本当に信じて貰える? 共有することができる?

 『真実』を話しても良いと思えるほどに、私は――


「……私は、貴方の仲間でいる資格はない。もちろん、エレインやエミリアたちと一緒に居る資格も無い」

「いきなり何を……いや、それよりも、今『資格』と言ったか?」


 アルストリアの声のトーンが下がる。


「あれほど、仲間内で『資格』などについてもう話さないと決めたのに、何で今更そんなことを言うんだ」

「……」

「なあ、俺たちはそんなに頼りないか? 確かに自惚うぬぼれていた時もあったが、今が違うことはセナ・・がよく知っているはずだ」

「……そうだね。旅をする中で、アルストリアだけでなく、みんな変わったよ」

「だったら――」


 そこで、アルストリアが息を呑む。


「じゃあ、どうすることが正解だったと思う? 勇者にしか分からない真実を突きつけられて、結果それがあの行動だと言えば、アルストリアは――アルス・・・は、あの時、納得してくれた?」


 立場が逆だったのなら、私も似たようなことをしたはずだ。

 でも、私は勇者であり、彼は騎士だ。


「セ、ナ……」

「しないよね。私が逆の立場なら、絶対に納得できない。きっと、今のアルスみたいに問い詰める」


 だからこそ、言わなければならない。


「お願いだから、この件には触れないで。私はもう――勇者じゃないんだから」


 今の、この世界くにの勇者は彼――佐伯さえき君だ。

 そして、私は鳴海なるみさんとともに彼の仲間の一人。


「だから、ごめんね。アルス。私は『あの時』の事を話せない」

「……」


 もし、『あの時』の出来事の代償が私の『光』を『闇』に変えたのだとしたら、安いものじゃないか。

 流れていた涙を手の甲で拭いながら言ってやれば、アルストリア・・・・・・はそれっきり黙り混んでしまう。


「もし、他のみんなにも会うようなことがあれば、もし同じことを聞かれても、そう答えるから」

「……な」

「だから、この話はこれでおしまい」

「……なよ」

「……え?」


 今、アルストリアは何て言った。


「ふざけんなって、言ったんだよ。『資格』が無いって言ったかと思えば、詳しく話せない上に俺たちが納得できないのは“よく分かる”? どの口が言ってるんだよ」

「あ、アルス……一旦、落ち着こう?」

「俺は落ち着いている」

「いや、それは落ち着いていない人の台詞だから……」


 ああ、これはマズい。非常にマズい。

 何がマズいって、この部屋に私とアルストリアだけっていうのがマズい。

 え、こいつを私一人で取り押さえろとか無理じゃね?


「聞いてるか? 俺の話」

「聞いてるよ」

「それに、俺はずっと――」


 あ、座っていた椅子に手をついて、囲むようにして、両腕で逃げ道を塞がれたから、逃げられねーや。


「アルス……」

「セナ……」

「本っ当に、学習しないよね」

「は?」


 このまま受け入れるような空気にさせておきながら、アルストリアの腹部に強力な一撃を食らわせてやる。


「~~っ、セ、ナ……」

「前にも何度か食らっておきながら、何で『今回は大丈夫』だと毎回・・思うかね?」

「……だからって、勇気を出した男にしていいと仕打ちではないぞ」

「だろうね」


 私だって、アルストリアだからやったのだ。


「でも、気持ちは嬉しかったよ」


 その場でうずくまるアルストリアの近くにしゃがみこんで、そう告げる。


「……それでもやっぱり、話せないんだろ?」

「うん。ごめんね」


 私が謝ると、盛大な溜め息が吐かれる。


「それで、ギルドの件は」

「あれは、鳴海さんが説明したでしょ? 大体あれであってるよ」

「決闘についてもか?」

「物は言いようだね。乱闘とも言えるけど」


 でも、言いたいことは間違ってない。


「正直、アルスに騒ぎを見に行かせたことに後悔していた。アルスなら、もう少し上手く納めてくれたんじゃないかって」

「……」

「そして、よく分かったんだよね。『勇者』っていう肩書きを隠していたとしても、役に立てるのは戦闘面だけだって」


 本当に、言い争いの面では役には立たなかった。


「セナ」

「ん?」

「たとえ、お前が原因だったとしても、俺は責めないよ。あいつらだって、この場に居たら、そう言っていたはずだ」

「……」


 確かにあのメンバーなら、私は悪くないと肯定してくれるだろう。

 だが、あの面々は私をただ肯定するだけじゃない。間違っていることについては間違っていると、ちゃんと言ってくれる。


「だから、今回のことに関しては、あまり自分を責めるな。――まあ、これと『あの日』については別だがな」


 結局、そこに戻るのね。


「……でもまあ、ありがとう。私はあの二人の同郷で、先にこの世界に来たことがある先輩として、まだまだサポートしないといけないからさ。こんな所で見知らぬ冒険者にどうこうされる訳にはいかないんだよね」

「それこそ、俺たちの勇者様だな」

「元、だけどね」


 使い慣れた武器などが手元に無ければ、使える属性も変わってしまったが、根本的な部分は変わっていないから。


「この国に居る間だけでもいい。元勇者一行の一人として、力を貸して。アルストリア」

「言われるまでもない。仲間からの頼みなんだ。やるからには、全力でやってやる」


 そのまま、こつん、と差し出した拳を軽くぶつける。


「――あらあら。随分とまあ、仲良くなられたみたいで」

「姫様……?」


 いつの間に部屋に戻ってきたのだろう、この部屋の主が、何やら楽しそうに笑みを浮かべている。


「それにしても、思っていた以上に貴方はヘタレだったようね。アルストリア。あのまま告白してしまえば良かったのに」

「あの、殿下?」

「部外者から一言言わせてもらうと、セナ様は貴方に悪い感情を抱いてはいないみたいだし」

「……」


 落ち込みながらも窺うようにして、そっとこっちを見るな。

 あと、姫様。貴女は一体、どこから見て、聞いていたんですか。


「それとも、私の気遣いが無駄になるほど、お二人はもうそんな関係なんですか?」

「「それはない!」」


 今この時の、姫様の気遣いが無駄だったことなど無い。

 彼女が行動を起こしてくれなければ、きっとアルストリアと話すことなど出来なかったのだから。


「そうよね。今の反論するところだって、息ぴったりだったし」


 ふふ、と微笑む姫様を見て、今更だが、この人は厄介な人種じゃないのかと思う。

 佐伯君たちと話しているときは年相応の女の子みたいなのに、私たちを相手にしているときはコレ・・だ。相手によって態度が変えられる――つまり、腐っても王族ということなのだろう。


「それで、結論は出た?」

「結論……?」


 一体、何の。


「貴女方が旅に出ることになった場合、アルストリアも同行するっていう――もしかして、知らなかったの?」


 姫様からの情報に顔を引きつらせていれば、私たちの態度から察したらしい姫様が「やっちゃった」と言いたげな風に告げる。


「殿下。私も今初めて、それを知ったのですが……」


 アルストリアがどういうことだと説明を求める。


「王命、としか言いようがないわね。ちなみに、この件は貴女たちが城下に行っている間に決まって、城内に流されたものだから、二人が知らなくても当たり前よね」


 なお、アルストリアの方は帰還の報告をした際に聞いているのかと思っていたらしく、佐伯君たちには先程伝えたとのこと。


「……」

「現役勇者の中に、元勇者一行のメンバーが二人も入ることになるなんて、不思議なことよね」


 うふふ、と微笑んでいるが、何となく全てはこの姫様のてのひらの上なんじゃないのかと思えてきた。


「というわけで、まずは一週間後の決闘まで、訓練頑張ってくださいね」


 もう、姫様がラスボスだと言われても、疑わないだろうなぁ。


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