第七話 城下にてⅡ

   ☆★☆   


 あれからアルストリアが何か言ったりしてくるということは無かったのだが、何だろう。物凄く居心地が悪い。


「大丈夫か? 結城ゆうき

「ええ、まあ。それにしても……」


 武器屋の次に冒険者ギルドに来たのだが、中は大賑わいである。

 正直、知り合いと会う可能性もあるから来たくはなかったのだが、一緒に行かないと(後々だろうが)怪しまれる。


「気分が悪ければ休んでいて良いぞ? あいつなら俺が見てるし」

「いや、大丈夫ですよ」


 確かに一緒に居ない方が、知り合いとの遭遇時に言い訳しやすいが、今回に関しては、むしろ一緒に居た方がいいと直感が告げている。

 何も無い方が有り難いのだが、こういうのが働く時って、大体良いことが無いんだよなぁ。


「……アルストリア」

「どうしました?」


 アルストリアに近付いて、小声で話し掛ければ、案内人ガイドモードの彼に不思議そうにされる。


「何か嫌な予感がする。それとなく気を付けておいて」

「嫌な予感? 何か起きると?」


 私の勘の的中率を知っているからか、アルストリアが顔を顰める。


「何とも言えない。ただ――」

「厄介なことだと」

「そう」


 二人して、唸る。


「分かりました。気を付けておきます」

「ん、私も私で気を付けておくよ」

「お願いします」


 本当、何も無い方が良いんだけど、何があるかなんて分からないからね。

 鳴海さんたちの方に戻れば、不思議そうにされる。


「何話してたんだ?」

「いえ、少しばかり気になったことを聞いていただけです」


 そう告げると、そっか、と返される。


「そういえば、僕たちってさ。これでも勇者として喚ばれたわけじゃん。冒険者として登録とかして良いのかな?」

「あー……」


 私の時は資金源として時折依頼を受けていたわけだけど、今回は当時と状況が違う。


「まあ、身分証が出来るってことを思えば良い方なんだろうけど、こればかりは確認してみるしか無いんじゃないかなぁ」

「そっか。やっぱり、そうだよね……」


 少年が落ち込む。

 ちなみに、私は現在進行形で持ってます。


「もし、許可を得て、次に来られたときは登録ついでに街の外に出てみるのも良いかもしれないな」


 鳴海さんがそう言えば、「いいね、それ」と少年の表情が明るくなったところで、騒がしくなる。


「え、何。ケンカ?」


 受け付けに居た受付嬢と女性冒険者の声が聞こえてくる。

 アルストリアの視線に、「多分、このこと」と頷いておく。


「みなさん。少しばかり、様子を見てきますから、ここから動かないように」

「は、はい!」

「分かりました」

「待ってます」


 最後に視線を向けられたので、小さく頷いておく。

 けど、何だろう。警鐘が鳴り止まない。


「アルスさんなら、大丈夫だよ」

「仮にも城の騎士だ。どうにかして、上手いこと対処するはずだ」


 不安が漏れ出ていたのか、二人に宥められる。


「それに、僕たちも一緒に居るしね」

「だから安心しろ、とは言えないが、誰も居ないよりはマシだろ」


 満面の笑みでそう告げてくる少年に、私も小さく笑みを浮かべて返す。


「……そう、だね」


 元とはいえ、勇者一行の一人だったのだ。アルストリアなら、きっと大丈夫――





 なんてことは無かった。

 つか、考えが甘かった。


「すいません。こちらの不注意ですので――」

「おいおい。謝るだけで済むと思ってんのか?」

「えーっと……」

「ん? よく見りゃあ、結構良い面構えじゃねぇか。俺の女になるってェんなら、許してやっても良いぜ?」


 は……?

 つか、面構え、って女の人に使うような言葉じゃないでしょうに。あと、意味も間違えて使っているような気がするのは気のせいか。


「どうした? もしかして、ビビったか? ん?」


 ああ、ウザい。

 少しばかりなら、あの二人に気付かれないように威圧できるかもしれない。


「結城さん?」

「どうかしたか?」


 何で来る。いや、助かったから、良いんだけどさ。


「あ、二人とも。まあ、ちょっとね……」

「何だ? お前ら。部外者は――」

「彼女は俺たちの連れですが、彼女が何かしました?」


 冒険者の言葉を遮って、鳴海さんが尋ねる。


「連れだァ?」

「ええ。もし、彼女が貴方がたに何かしたのだとすれば、俺たちも謝りますが、もし、彼女が謝ったにも関わらず、変な因縁を付けているようでしたら、こちらとしては騎士団や自警団に届け出ても構わないんですがね」


 この世界には、騎士団以外にも自警団というのが存在している。

 分かりやすく言うと、運営しているのが国によるものか民間によるものかの違いがあるだけで、やっていることには特に違いはない。


「ヘェ、俺たちとり合おうってか」


 冒険者側がニヤリと笑みを浮かべる。

 私たちが見るからに弱そうだから、勝てる気でいるんだろう。


「ん~、そうだなァ。どうせ戦闘るなら、何か賭けるか」


 嫌な予感がする。


「もし、俺たちが勝ったら、その嬢ちゃんを貰う」

「は?」

「もし、そっちが勝ったら、何でも言うことを聞いてやるよ」


 ……。


「結城さんは物じゃないんだが?」


 今度は少年が静かに噛み付く。


「だが、賭けの対象だ」

「何が『賭けの対象』だ。勝手に決めたのはそっちだろ」

「なら、止めるか? その場合は、俺たちの不戦勝ってことになるが」

「何だと……?」


 高笑いする冒険者たちに、少年が顔を顰めるが……これはヤバい。


「私なら大丈夫だから、もう止めておこう? それに、これ以上悪目立ちするのはマズい」

「でも、これを断ると、結城さんはあいつらの元に行かないといけなくなる。それがたとえ、賭けになっていない賭けだったとしても」


 少年の言い分に舌打ちしたくなる。

 彼が言っていることは間違っていない。

 たとえこの場から逃げたとしても、待ち伏せされたりして、捕まらない可能性が無い訳じゃない。

 けれど、私はこの世界について知る先輩として、アルストリアがいない間、彼らのサポートをしないといけないから。


「気持ちは分かる。でも、大丈夫だよ。私は行かないからさ」

「おいおい、随分とまあ、断言してくれるなァ。嬢ちゃん」

「そうですね。断言してますよ」


 だって、私がいるんだから。

 でも、その後の言葉は両肩を掴まれ、引っ張られたため、発せなかった。

 その引っ張った人を見れば……鳴海さん?


「――本当に戦闘るというなら、準備期間をください。るからにはちゃんと殺りたいので」


 二人の実力からして、今すぐ戦うことだけは避けたい。

 でも、鳴海さんがそう言うとは思わなかった。


「あん? それくらいなら、別に良いぜ? だが、お前らにやれる時間は一週間だ。ビビって逃げ出すんじゃねーぞ」

「……」


 高笑いして去っていく男たちに、少年が少しばかり悔しそうな顔をする。


「あの……」

「安心しろ。お前は悪くない。ちゃんとめたんだからな」


 私が少年に声を掛けようとすれば、何と言ったら良いのか分からなさそうにしながらも、鳴海さんは私の肩に手を置いてそう言ってくれるけど、この状況は良くない。

 モンスターよりも先に対人戦を経験させることになるとは思わなかった。――それも、私が原因で。


「でも、何一つ武器の無い今の私たちには、不利ですよ?」

「そこは否定しない。ただ、不安なのも分かるが、俺も一緒なんだから大丈夫だ。まずは落ち着け」


 今は少年(たち)が他の冒険者たちから「格好良かったぞー」なんて持て囃されているが、中には心配そうな目を向けてくる人もいる。

 もし、アルストリアがこの場に居たなら、穏便または代わりに引き受けてくれたんだろうけど、頼みの綱である彼は今も不在。

 それに、猶予については、私が言っても良かったんだけど、それは鳴海さんに止められた。


「男のプライドを逆撫でするような真似だけはしてやるな」


 そうこっそりと言われたわけだが、要するに「大人しく守られておけ」ということらしい。

 正直、現役冒険者の実力に対して、付け焼き刃でどうにかなるほど甘くはないのだが、今回ばかりは与えられたチートにも頼るしかない。


「……」

「それに、正直俺もあいつと同じ意見だからな」

「え」


 あいつって、少年の方だよね?


「大丈夫。当日は大怪我しないようにするから」

「……何のフラグですか。それ」


 それにしても、私が付いていてこのザマとか、任された意味が無いじゃないか。


「ただいま戻りました……何がありました?」


 その場の空気から何かがあったのだとすぐに勘付く辺り、さすがと言うべきか。


「ユズキさん」


 どうやら、少年だけではなく、私に事情を聞くのは後回しにした方が良いと思われたらしい。

 ちなみに、『ユズキさん』というのは鳴海さんのこと。鳴海さんのフルネームが『鳴海なるみ柚希ゆずき』と言うため、アルストリアは彼のことを『ユズキさん』と呼んでいるということだ。


「結城が変なのに声を掛けられて、それを佐伯さえきが助けたんだが、その際言われたことに怒った佐伯ともども面倒なことに妙な因縁を付けられて、一週間後に戦うことになった」


 内容としては間違っていない。

 ちなみに、佐伯とは少年の名前であり、『佐伯さえき彼方かなた』がフルネームとのこと。


「セナさんは大丈夫ですか?」

「ええ、まあ。暴力とか振るわれたわけでもないですし」


 ただ、役には立たなかっただけで。


「カナタさんは……」

「僕も大丈夫です。あと、変な約束を取り付けてすみません」


 少年――佐伯君が謝罪する。


「とりあえず、帰ろう? 今のこともちゃんと報告して、対策立てないと」

「そうだな」


 鳴海さんが同意してくれる。


「セナさん」

「はい」

「騎士団の方には私から言っておきます」

「分かりました。お手数お掛け致します」


 そして、城に帰るまでの間、誰一人話そうとはしなかった。


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